平成22年4月

 

地理的表示における各国の対応と日本の課題

                      髙橋 梯二

                 

 この資料の概要は、法律事項を中心として平成22年6月の「法律時報」82巻8号に掲載されています。

 

はじめに

地理的表示は、特許、商標、著作権などに比べ、比較的新しい知的所有権である。100年以上も前から一部の国で概念が形成されてきたが、長い間、世界で広くは認知されていなかった。この原因はヨーロパとアメリカ、オーストラリア等の食品に対する文化・伝統と食品・貿易政策の違いが主な原因であった。しかし、1994年のウルグアイラウンドで協定が成立し、150以上の加盟国が認め、かつ国際的強制力の伴う知的所有権として確立した。地理的表示は、農業、工芸品や食文化に長い伝統をもつ開発途上国においても比較的受け入れやすい概念であり、また、食品の品質に高度で多様な価値を求める消費者の最近の要求にもこたえるものである。しかし、新しいものであるだけに、定義、目的、法制的態様、保護の内容等が各国によりさまざまであり、また、これらについて各国間の意見の相違もある。

日本は、商標法の枠組みの下で地域団体商標を導入しているが、日本の食文化と伝統を守り発展させていくのに十分な制度なのか、TRIPs協定の定義に即した地理的表示として国際的に適切に認知され得るのか、また、地理的表示を含むワイン法が存在しないので国産の上質ワインも国際的には並級のテーブルワインとしての扱いにしかならない、さらに、生産基準や管理措置に裏打ちされた地理的表示制度が世界標準になりつつあるが日本は貿易立国として世界標準とかけ離れていてよいのかなどの問題があろう。

このような状況の中で、各国においてまた国際協定において地理的表示が現在どのように認識され、また、どのような違いがあるのかを分析し、さらに、将来の動向を勘案しながら、この新しい知的所有権に対して日本としてどう対応すべきかを考察することとしたい。

 

1 地理的表示の成立過程

(1)    原産地呼称法の成立

  産品の名前に産地名を冠することは、ヨーロッパでも日本でも古くからみられ、ヨーロッパでは、古代の紀元前4世紀には「コリントワイン」、「シチリア蜂蜜」等の例があり、ローマ時代、中世、近世においてもこの方法は続けられ、18世紀のフランスでは、ワインのほか絹織物、米(コメ)などにも広く用いられていた。

 ある地域でできた産品にその名を付けることは、その地域の自然的条件とそこに生活する人々の活動に由来する産品の個性を表現していると理解され、他の地域で生産される同種の産品と区別するため産地名が使われてきた。

 19世紀になるとワインやチーズなどの産品について産地による分類が定着し、産品間の比較が行われ、産地によって優劣が比較されるようにもなってきたのである。また、特にフランス、イタリア、ポルトガル、スペイン等のヨーロッパラテン系の国の産品は、国際的にも産品の産地による特徴が比較されるようになった。特に良質の産品を産する産地は国内においても国際的にも名声を得るようになってきた。このような状況になってくると、名声を得た産地名の使用の権利を守り、保護する必要が生じてきたのである。しかしながら、まだ、知的所有権としての法的地位を確立するまでには至らなかった。

フランスではワインについて19世紀中頃までには、ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、ロワール、ローヌなどの産地の特徴が確立し、ボルドーやブルゴーニュではワインの格付けも行われるようになり、フランスワインは海外においても高く評価されるようになった。しかし、1860年代後半からのヒロキセラ害虫の被害によって壊滅的な被害を受け、その復興過程でワインの質が落ちるとともに上質ワインに見せかける偽装が横行した。このようなワイン産業の混乱に対処するため、1919年に原産地呼称法が成立し、さらに、1935年には統制原産地呼称(AOC法)が成立した。この時点で地理的表示に関する具体的な法制度が初めて形成された。

第2次大戦後しばらくしてからAOC法に基づくワインが世界的にも評価され、経済的成功をおさめると、ワイン以外の農産物についてもAOC法を適用するよう90年に法改正がフランスで行われた。この間、産地を基準とする農産物・食品の歴史をもたないアメリカ、オーストラリア等は、地理的表示は、貿易障害になりやすいとして国際的な認知には反対してきた。これは、食の文化の違いを背景とする食品政策に関する欧州と米国等の対立でもあった。しかし、フランスをはじめとするヨーロッパのラテン系の国は、地理的表示は、自国の銘品の名称を悪用から守り、高い価格での国内販売と輸出を可能とすること、地域の経済の維持発展に資することなどの効果を認め、農業ラベル(ラベルルージュ)などを含み地理的表示制度を発展させてきた。また、地理的表示は、消費者の高度でかつ多様な食品の品質(積極的な品質、positive quality)に対する近年の要求に応えるものであり、また、消費者の知る権利にも対応するものであった。

(2)地理的表示の知的所有権としての確立

EUは、92年末の単一市場の形成を前にして、加盟国の地理的表示制度の調和を図り、対外的には一体となって対応するため、92年に農産物及び食料品を対象とする原産地呼称及び地理的表示の保護に関する制度(理事会規則No 2081/92)を創設した(以下、この制度を「EU地理的表示保護制度」という。)この規則において「地理的表示」という用語が初めて登場したのである(1)

当時ウルグアイラウンド交渉が行われており、EUは、農業補助金削減の中でこの地理的表示を農業政策の重要な要素と位置付け、世界的な認知を得るため、ラウンドにおける国際合意を目指した。この結果、94年にマラケッシュ協定の付属文書としての「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」において、地理的表示が特許、商標などとともに知的所有権の一つとして位置づけられ、加盟国が守るべき保護の内容が定められた。この結果、協定で定められた保護に関する違反に対してはWTOの係争手続きが適用されることになり、地理的表示は国際的な強制力を伴う知的所有権となった。さらに、WTOで、アメリカ等はEUの地理的表示保護規則自体がGATT協定やTRIPs協定の平等の原則に違反しているのではないかというような係争がったが、05年のWTOパネル報告は、EU規則の骨格自体は平等の原則に違反していないと認めたといってよいであろう。

欧米では、TRIPs協定以前から地理的表示については何らかの法的手当てをしていたが、開発途上国は、TRIPs協定を契機に地理的表示に関する法制度を整え、現在〈07年〉では73カ国が地理的表示に関係する法律を定めている(Jacques Audier)。

このように、地理的表示は世界で定着した知的所有権になりつつあるが、TRIPs協定においても関係国間の意見の調整は完全にはなされておらず、現在、WTO等において保護の拡大等についてさらなる交渉が行われている。

                                          

(1)EUの地理的表示及び原産地呼称の保護制度は92年にEC理事会規則で創設されたが、05年のWTOパネル報告に基づき、06年に全面改正が行われ、現在はEU理事会規則 No 510/2006によっている。この制度では「地理的表示」と「原産地呼称」の二つを設けているが、原産地呼称は産地との関連性がより強いものであり、地理的表示は産地との関連の程度がより低いものである。

また、ワインについてはEUワイン規則が92年以前から存在し、地理的表示ワインは指定地域上級ワイン(VQPRD)として分類されていたが、TRIPS協定成立に伴って 、上質ワインを保護原産地呼称と保護地理的表示の二つに整理した(施行09年)。これによってワイン及びその他の農産物・食料品の地理的表示の制度の整合性が図られた。

2地理的表示の定義及び目的

(1)定義

 地理的表示制度は、各国の法令によって定められるので、その定義について定まったものはないが、94年のTRIPS協定による地理的表示の定義が代表しているといえる。したがって、TRIPS協定成立後に地理的表示の保護制度を商標とは独立して設けた国は、TRIPS協定のもとほぼ同様の定義を定めている。その結果、50カ国以上のWTO加盟国で国内法においてTRIPS協定の定義をそのまま採用している(07年現在、Jacques Audier)

 TRIPS協定では、地理的表示を以下のように定義している(協定第22条)。

「この協定の適用上、「地理的表示」とは、ある産品に関し、その確立した品質(une qualité,社会的評価(réputation)、その他の特性が当該産品の地理的原産地に主として帰せられる場合において当該産品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とするものであることを特定する表示をいう(外務省訳)。」

 この定義は、EUの地理的表示保護規則の「保護地理的表示」の定義をほぼ踏襲したものといえる。また、58年のリスボン協定(原産地呼称の保護及び国際登録に関するリスボン協定)の原産地呼称の定義も一部取り入れている。TRIPS協定ではリスボン協定の定義(2)にはなかった「社会的評価(名声)」を加えている。一方、リスボン協定でいう地理的原産地の条件が自然的要素と人的要素で構成されるということはTRIPS協定では明示されていない。

 この両者の定義を勘案すると、地理的表示に必要な要素は、①産品の品質、特性又は名声が主として原産地に帰せられること、②その産品について社会的な評価(名声)が得られていること、③原産地とはその自然的要素と人的要素を含む地理上の条件であることであろう。

 92年に制定され、96年に改正されたEUの地理的表示保護制度においては、保護原産地呼称(Appellation d’Origine Protegée)と保護地理的表示(Indication Géographique Protegée)に分けて定義を行っているが、上記TRIPS協定及びリスボン協定の定義とほぼ同じであり、ただ、原料産品の原産地との関係、生産・加工・調製の場と原産地との関係の規定を追加している。

                                   

(2)リスボン協定における原産地呼称の定義

「原産地呼称とは、産品の原産地を示し、その産品の品質と特質が産地の自然的要素と人的要素を含む地理上の条件に由来することをしめすため、産品に国、地方、あるいは、地域の名称を表示することをいう(高橋梯二訳)。

 

以上が地理的表示の典型的な定義といえるが、一方、地理的表示を商標法のみで保護している国(アメリカ、カナダ、オーストラリア、日本等)においては証明商標又は団体商標として保護されるが、原産地を証明するものと定義され(アメリカアメリカ商標法(15 USC) Section 1054)、また、産地と産品の品質や特質との関係は何ら定義されておらず(日本)、TRIPs協定のような定義が法律上なされていない。(3)

従って、アメリカではTRIPs協定でいう地理的表示制度は設けられていない、あるいは似た制度であるとの説もある(Ilbert及びPetit(4)。しかし、TRIPs協定は、加盟国の法制度の自由を認めているので(協定第1条1)、アメリカのように地理的表示を商標の一形態と位置付けることも認められると国際的に解釈されている(5)

                             

(3)oriGInによれば、アメリカの証明商標では産品に特別の特徴があることとされ、地理的原産もそのうちの一つとされている。

(4)Ilbert及びPetit は、論文「地理的表示は有効な知的所有権か」の中で,

「これらの国は商標によってワインを保護しているので地理的表示制度が存在しない。また、アメリカの証明商標(certification marks)のように国独自の法的手段がある。この制度は地理的表示に似ており、アメリカの連邦商標制度で保護している。」と述べている。

(5)日本における地理的表示の法制

・商標法改正による地域団体商標の創設

2006年施行(農産物・食品234登録、その他の産品等223登録 2010年6月現在)

・酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律に基づく「地理的表示に関する表示基準」(国税庁告示)、95年施行(指定産品:壱岐焼酎、球磨焼酎、琉球焼酎、薩摩焼酎、清酒「白山」2010年6月現在)

 

 TRIPs協定においては、定義はさだめたものの、この定義がどのように実現されるべきかを定めていない。原産地と産品の特質等との関連の内容とその程度は、各国によりさまざまであるということであろう。

しかし、以上のように大きな差があると、自国の地理的表示産品と同じなのかという問題が残る。この点でTRIPs協定はあいまいさを残したといえる。具体的な例の一つとして、05年のEUの地理的表示保護規則に関するWTOでの05年のパネル報告は、内国民待遇及び最恵国待遇の原則に従って、EUは第3国にも登録を開放すべきとしたが、性格の大きく異なる国の地理的表示産品をそのまま自国の制度に登録できるのかという問題である。WTOパネル報告では、EUの規則に従っていなければ第3国からの登録を拒否しても平等の原則に抵触しないとしている(パネル報告7.721)。

EUは、このような齟齬を少なくするため、EUの制度に近いものを国際標準にするよう強く働きかけているし、具体的品目の国際的な認知のための登録制度も重視している。09年に仮調印した韓国との自由貿易協定をみると交渉においてEUはこの点を強く主張したものと思われる。

 

(2)目的

 地理的表示の目的は、TRIPS協定には明確に規定されていないが、各国の制度を参考としてまとめると、①産品の差別化による付加価値の付与によって、農業及び食品産業の発展に資すること、② 食の多様性と食の文化と伝統を守り、発展させること、③地域の経済を維持し、発展させること、④食品の品質について多様な価値を求める消費者の要求にこたえるとともに、消費者への情報の提供であろう。   以上に加え、最近では、開発途上国が、生物多様性条約の目的に呼応した形で、自国で維持開発されてきた知的財産を守り、地域資源の維持と地域経済の発展を図ることを目的に加えてきている。

 地理的表示の目的は、このように多様であるが、その発展過程において変化してきた。フランスやスペインで原産地呼称が100年前の19世紀初頭に成立した時は、偽装の防止による生産者の保護と産品の伝統的な品質の維持が中心であったが、次第に条件不利地域における産業の維持に役立つことが認識されるようになった。地理的表示制度では、原料は基本的にその産地のものを使うこととしていたからである。さらに、第2次大戦終了後は、アメリカで発展してきた合理的・効率的な農業と食品製造が世界的に広まってくると、地理的表示は、食に対して多様性を尊重するヨーロッパの食の伝統とそれを支える農業を守る重要な手段と認識された。60年代の世界的な消費者運動の進展によって、消費者に対する適切な情報が必要となり、消費者の知る権利に対応するようにもなった。したがって、地理的表示においては生産の条件(どのように生産されるのか)が公表されるようになっている。これによって消費者の信頼が確保される。

 また、TRIPs協定成立後、多くの開発途上国は、生物資源とそれに関連した知識の利用から生じる利益の確保と分配における知的所有権の役割を重視しており、これとの関連で地理的表示を捉えるようになっている。

 国によって以上の目的のどれに重点を置くかが異なっている。たとえば、EUでは、差別化による付加価値の増大と地域経済の維持に重点を置いている。100年近い経験を通して高付加価値化の効果が認められ、WTOの交渉によって農業補助が削減されるにつれ、地理的表示の農業の安定化に果たす役割を重視し、さらなる保護の拡充と地理的表示の世界的な普及を目指してWTOでの交渉に臨んでいる。

 以上のように、地理的表示は多様な目的に対応しており、農業、食品及び生物資源に関する政策的な意図が加味されている。

 一方、商標は、以上のような政策的意図を取り入れるべき性格のものでないとされており、商業上の不正と混乱を防止することであり、これによって商業活動の円滑化が図られるが、これが商標法でいうところの「産業の発展に寄与」することである。また、商標法では消費者に対する情報の提供という視点はないと思われる。商業行為の自由の尊重ということは、生産過程は秘密であるということであり、それによって利益を上げることがより市場原理にかなった適切な方法と考えられているからであろう。

 

3 地理的表示の法制度

 TRIPS協定において、地理的表示の保護制度は、各国にまかせられており、国によって異なっている。大別すると現在のところ次の3つに分類できよう。

1は、地理的表示に関し、独自(sui generis)の制度を設けて保護している国又は地域、

EU27カ国、中国、韓国、タイ、ヴェトナム、インド、モンゴル、アルゼンチン、ブラジル、メキシコ、アンデス共同体5カ国、スイス、アルメニア、ブルガリア、ルーマニア、ロシア、アフリカバンギ協定16カ国等

ただし、これらの国の中には、独自の制度のほか商標法によっても地理的表示を保護している国もある。

第2は、地理的表示を商標法の特別規定によって保護しているが、独自の法制度を検討している国

ケニア、ニュージーランド、エチオピア等

第3は、地理的表示を商標法の特別規定により保護している国

アメリカ、オーストラリア、カナダ、日本等

  

  

 保護の制度(態様)に以上のような違いがみられるのは、地理的表示を商標の一形態としてとらえるのかそれとも商標とは異なる独立の知的所有権とみるかによる違いがあるからであろう。

 地理的表示を発展させてきた、フランスにおいてはワインと食品を保護する場合、当初は、商標と同様の方式でよいと考えられていたが、制度の発展過程において、商標とは異なる知的所有権として位置づけ、食品の多様性を維持し、食品の付加価値を高め、ひいては地域の経済の維持・発展に資する制度としてとらえられるようになった(EU理事会規則 No 510/2006の前文(2)及びフランス農業法典第L.640-1 条)。このためには商標とは異なる制度として形成されてきた。

 一方、アメリカは食品の品質政策においても生産者の生産方法等の生産過程に介入せず、生産者の自由度を維持し、品質の評価は市場によって決まるものであり、高い評価は商標によって保護すればよいとの考え方に基づいていたので地理的表示についても商標で足りるとしたからであろう。また、これらの国は、ヨーロッパのような地理的表示は、貿易障壁になりやすいことを危惧し、地理的表示の国際的保護には強く反発していた。

また、開発途上国は、自国の伝統的資源やノウハウを守り、その産品の輸出の新興を図り、ひいては地域住民の経済発展を地理的表示を通して図ろうとする傾向がみられるようになっている。この場合、地理的表示は、商標というよりは積極的な政策意図を加味できる知的所有権と認識されるようになってきた。従って、輸出先国に商標として登録する場合に備えて、商標としての登録の道を開くと同時に、特に農産物・食品については、商標とは異なる独自の知的所有権ととらえる制度を整えるようになってきている(Hélène Ilbert and Michel Petit, 2009)。

各国の地理的表示に関する法制度

  国

        法令

EU27カ国

 

理事会規則No 510/479/2006Council Regulation (EC)No 510/479/2006) (農産物・食品)

理事会規則 No 479/2008 (Council Regulation (EC) No 479/2008 (ワイン)

スイス

 

 

連邦商標及び原産地表示保護法(Federal Law on the Protection of Trade Marks and Indication of Source of 1992

農産物に関する原産地呼称及び地理的表示保護令(Ordinance on the Protection of Appellation of Origin    and Geographical Indications in Respect of Agricultural Products of 28 May 1997

ブドウ生産及びワイン輸入令(Ordinance on Viticulture and the Importation of wine

 

 

中国

 

 

 

中国商標法2001年改正(Chinese Trade Mark Law of 1982

地理的表示製品保護令 2005

農産物地理的表示管理令(Measures for Administration of Geographical Indications For Agricultural Products, Decree of Ministry of Agriculture of 2008

韓国

 

 

農産物品質管理法(Agricultural Products Quality Control Act of 2009

酒税法(Liquor Tax Act of 2008

タイ

地理的表示保護法 2003

ヴィエトナム

知的財産法第7章第6節地理的表示の保護要件

(2005年の法律を改正した2009年法律第36/2009/QH12)

 インド

 

産品地理的表示法(Geographical Indications of Goods Act of 1999

産品地理的表示規則(Geographical Indications of Goods Rules of 2002

 アルゼンチン  

                                    

法律第25.380号(Law No 25.380(産地及び原産地の表示)

法律第556/2009号(Law No 556/2009 Regulations under Law No 25.380

法律第25.163(Law No 25.163 of 1999) (ワイン及びアルコール)

ブラジル

 

 

工業所有権法第IV章地理的表示(Industry Property Laws No 9279/96, Amended in 2002, Title IV Geographical Indications

 

メキシコ

 

工業所有権法(Industrial Property Law

 

アンデス共同体ボリビア、コロンビア、エクアドル、ペルー)

決定486 付属書VI地理的表示(Decision 486, Annex VI Geographical Indications

 

ケニア

 

商標法(Trade Marks Act of 1956

 

 ニュージー

ランド

商標法(Trade Marks Act of 2002, Amended in 2005

  (ワインも含まれる)

 アメリカ

 

 

ランハム商標法(Lamham Trade Mark Act

地理的表示法(Geographical Indication Code Title 15 USCTitle 27USC(ワイン)

オーストラリア

 

商標法(Trade Mark Act of 1995

オーストラリアワイン及びブランディー機構法(Australian Wine and Brandy Corporation Act of 1980

 カナダ

商標法(Trade Marks Act of 1985 

 南アフリカ

 

 

商標法(Trade Marks Act of 1993 No 194

酒類生産物法(Liquor Products Act of 1989 No 60    

 

     資料:WIPO,EU委員会、oriGIn、JETRO資料から作成

        

                                

4 地理的表示産品と産地との関連

 地理的表示のTRIPS協定上の定義である「ある産品に関し、その確立した品質 (une qualité)、社会的評価 (réputation)、その他の特性が当該産品の地理的原産に主として帰せられる」がどのように実現されていなければならないかについては、各国の法律において大きな違いがある。

アメリカの証明商標においては、産地を表示するのみであり、植えられるべき品種、栽培の条件、生産過程における条件など原産地と産品の品質との関係の内容に関する事項は法律上定められていない。日本の地域団体商標制度もアメリカの方式に近いものといえる。

ワインについてもアメリカでは、原料のブドウがアメリカブドウ栽培地域(American Viticultural Areas)で区分される地域からのものでなければならないことになっているのみである(Delphine Marie-Vivien et Erik Thévenod-Mottet, 2007)

しかし、EU諸国の地理的表示、制度では、原産地のほかCahier des Chargesとよばれる生産基準に従って生産されていないと地理的表示の使用が認められない。このことによって産地に由来する産品の特質が確定され、証明される。さらに、この生産基準は公表となっており、消費者も地理的表示産品がどのように生産されるのかの情報が得られるようになっている。

アメリカが以上のように地理的産地の表示のみを条件としているのは、具体的には、産品の生産過程での規制を避け、できる限り生産者の自由を害せず、品質の評価は市場によって決まるというアメリカの農産物・食品の品質政策の基本的考え方を反映したものと思われる。アメリカとほぼ同じ方式をとっているのは、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド,日本などである。

一方、ヨーロッパでは、フランスの1919年原産地呼称法の制定当初においては、アメリカと同じように産地のみを確定すればよいのであって、法律はブドウの品種や、ブドウの糖度、単収の上限などの生産上の条件を定めることを要求していないと解釈されていた、しかし、一つの産地に多くの生産者が存在し、それぞれの生産者が一つの原産地呼称を使用している状況では、呼称の名声に見合った品質のワインを生産せず、収量の多い劣悪なワインを生産する者が現れ、悪貨が良貨を駆逐するという現象によって呼称ワインの品質が悪化し、産地特有の品質が疑われるという事態が生じた。このため、1935年に、呼称ごとに生産基準を定め、それに従った生産を行う者のみが、その呼称を使用することができるという、いわゆるAOC法(統制原産地呼称法)が成立したのである。以後フランスでは、ワイン以外にも地理的表示産品を含む、チーズ、食肉加工品などの品質証明産品については、必ず生産基準を定め、産品の品質・特性と産地との関係を確保する方式がとられることになった。EUの地理的表示保護制度についてもこの方式が採用されている。(EU理事会規制 No510/409/2006)

日本の地理的表示制度である地域団体商標制度においては、産品と産地との何らかの関係を前提とした産品名と産地名の結合による標識であって、その産品について一定の社会的評価がなされていることが条件となっている。これは、地域団体商標が商標制度の枠内にあり、産地や品質、価格などは、商標としての識別性がない(商標の対象とならない)ということであって、例外として産地を表示してもよいということにしたことに由来している。従って、識別性に関連して産品について名声があるかどうかが地域団体商標の登録に当たって重要な要素となる。

 

以上を考察するに当たって、注意しなければならないのは、地理的表示と商標の性格の違いである。商標は、原則として一企業に対して独占的な使用を認めるものであり、もし、その商標の産品の品質が名声にふさわしくないものになった場合は、市場を通して消費者が購入しなくなる。このことによって、品質の劣化の抑止力があると同時に、売れなくなった場合の責任はその商標をもつ企業がとることになるのである。

一方、地理的表示は、その地域に属する人たちの共通の財産であり、地域に属する人は、一定の条件に合致して生産を行う限り、誰でも使用できる権利とされている。従って、一つの産地においてその地理的表示を使用している生産者は複数であり、一生産者のみの独占的使用は認められていない。このような場合に、産地内のある生産者が名声に見合っていない産品を生産し、他の有良な産品の生産者による地理的表示の名声を悪用するという事態が生じ得る。これを防止し、一地域として名声に見合う品質の生産を確保する手段が必要となる。この地理的表示の特性から生産基準の制定が必要になるほか、この生産基準に従って、生産されているどうかの管理が必要となってくるのである。フランス等の原産地呼称においてはINAOなどの管理機関が設けられ、また、92年のEUの地理的表示保護制度においても加盟国にこの管理機構を設けることが義務付けられたのである(EU理事会規則 No510/200611)

なお、05年のWTOパネル報告は、生産基準については平等の原則に反していないと認め(パネル報告7.689~7.770)、管理措置については政府の介入の必要性は否定したが、管理措置自体は認めたと解釈される(パネル報告7.463、及び7.766)。これによれば、アメリカの証明商標のように商標の権利者が管理を行うことも管理措置と認められることになろう。従って、管理措置に公的機関が介入するかどうかはその国の判断次第ということになるが、地域の共通の財産についてその商標の権利者が行うのを管理措置とするのは適当かどうかの問題が残るところである。日本の地域団体商標制度では生産基準や管理措置は要求されていない。

 

次にEU、アメリカ、日本以外の国の地理的表示産品の生産上の条件についてみてみよう。

中国においては、地理的表示は82年に採択された商標法において、1994年から産品とその産地を原産とするものでなかったり、また、大衆に誤解を与えるものでない限り登録が認められている。この場合、地理的表示を含む商標は、その地域の自然的又は文化的な要素によって主として決まる特定の品質、名声又はその他の性質を表していなければならないことになっている(商標法第16)。さらに、中国では、農産物については、08年から施行になった農務部命令No 11 (Order of Ministry of Agriculture)に基づき、地理的表示が規制されている。この命令において、産品は独特の品質をもつものか特別の生産方法によるものでなければならないこと。品質と特質は、独特の自然的、生態学的及び環境的並びに文化的及び歴史的要素に依存していなければならないこととされ、さらに、生産地域の環境と品質は、国の技術的基準を満たしていなければならないことになっている(同命令第7条)。

このように、中国の地理的表示制度においては、産地と産品の品質や特徴との関連がより明確に規定されている。さらに公的機関による品質等の管理も行われている。

インドにおいては、地理的表示は、商標法のほか、産品の地理的表示に関する法律(Geographical Indications of Goods Act of 1999)及び同規則( 同Rules of 2002)によって規制されているが、産地と品質との関係については中国とほぼ同様である(同法11条に規定)。さらに、韓国、アルゼンチン、チリ、トルコなども産地における生産の要件、加工の要件が法律に規定されている。

 

5地理的表示の保護

 地理的表示の保護の内容や程度については、基本的には各国の法制によることとされている。ただ、TRIPS協定によって加盟国が最低限守るべき保護の内容が規定されており(同協定23条及び24条)、加盟国はこれに従わなければならない(加盟国の国内法に優先する)。商標によって、地理的表示を保護している国においては、商標法による独占的な使用権が認められ、どのような場合に侵害となるのか(直接侵害あるいは間接侵害など)は商標法に従うことになる。この場合、注意しなければならないのは、商標法の場合は、アメリカの商標法のように、地域名が他の言語に翻訳されている場合、「カリフォルニア、ロックフォールなど」のように真正な産地を示している場合、「スタイル」、「カインド」等の表現を用いている場合は商標権の侵害とみなされないことである。さらにアメリカおいてワインについては別途の法律で、いわゆる「セミ・ジェネリック」が認められている。つまり、「カリフォルニア・シャブリ」のような表現が許されるのである。

 

EUにおいては、その規制(EU理事会規則No 510/200613)において

  登録を受けていない産品について直接的及び間接的に地理的表示を使用することの禁止

  たとえ、真正の産地名が表示されていたとしても、また翻訳された名称であったとしても、さらに、「種類(genre)」、「型(type)」、「方式(méthode)」、「様式(aon)」、「模造品(imitation)」又はそれと同じような表現を使っていたとしても、詐称(usurpation)、模倣(imitation)、又は想起させること(évocation)の表示の禁止

  出所、原産、品質に関し、その他の誤った(fausse)又は虚偽の(fallacieuse)表示を容器、包装、広告又は文書に表示することの禁止

  その他産品の真の原産地に関し、消費者に誤認を招く用法の禁止

 

が規定され、ワインを含む農産物・食料品の地理的表示について高い水準の保護が導入されている。またフランスにおいてはAOCワインについて、原産地呼称の名声を損ねたり、汚すような表現はワイン及び類似品以外の産品にも使用することができないこととしている(農業法典第L.641-2条)。

 

以上のようにEUにおいては、地理的表示を手厚く保護しているので、アメリカ等との間で貿易問題とも絡んで保護の程度について意見が対立していた。また、EUでは地理的表示が登録されると同じ名称の商標が無効になることがあり、議論があるところであった。このような事情もあって94年のTRIPs協定において地理的表示について加盟国が最低限守らなければならない保護の内容を交渉によって定めたのである。このTRIPs協定によって加盟国は、商標法の保護であろうと独自の法律に基づく保護であろうと協定の合意による保護を遵守しなければならないことになった。

 

TRIPs協定における地理的表示の保護は、次のようである。

ワイン及び蒸留酒を保護の適用上区分し、それ以外の産品については、公衆を誤認させるような方法で真正の原産地以外の地域を原産地とするものであることを表示することが禁止される。また、1967年のパリ条約第10条の2に規定する不正競争行為を構成する使用も禁止される(協定第22条)。これによれば「ロックフォール」産でないチーズに「ロックフォール」と表示するのは禁止されるが、「ノーウェー産ロックフォール」などの表示は公衆を誤認させないということで認められるとされる。

ワインと蒸留酒については、上記保護より高い保護を適用することとし、真正の原産地が表示される場合であっても、地理的表示が翻訳されたものであっても、また、「種類」、「型」、「様式」、「模造品」等の表現を伴っている場合であっても、これらの表示によって示されている場所を原産地としないブドウ酒及び蒸留酒への使用は禁止される(協定第23条)。つまり、「ボルドー風」、「シャンパンスタイル」などの表示が禁止されるということである。このワインと蒸留酒に適用される追加的な保護は、公衆を誤認させないとしても適用になる保護であり、EUの強い主張によって導入された。

しかし、例外として該当する表示が当該産品の一般名称として自国の領域において通例として用いられる用法の場合は、その国においては、上記の保護が適用されない(協定24条)。つまり、自国においてたとえば「ブルゴーニュ」の表現がワインのスタイルを示す一般名称として使用されている場合は、自国のワインについて「ブルゴーニュ」が使えることになる。従ってアメリカにおいては「カリフォルニア、シャブリ」の名称はシャブリが一般名称と解釈し、使用可能であり、ワインについてのアメリカのセミ・ジェネリック制度は認められると解釈される。ジェネリックであるかないかは基本的には、加盟国の自国の判断が優先するとされる。

なお、TRIPs協定における商標との関係については次の6で説明することとしたい。

 

6地理的表示と商標との関係

1)地理的表示と商標との基本的な違い

 地理的表示と商標との基本的な相違点については、

  商標は、一自然人又は一法人が独占的に使用できる知的所有権であるが、地理的表示は、その産地の人々の共通の財産であり、1人が独占的に使用できる権利ではない。

  商標は、産地名は、識別力がない、あるいは特定の者に独占的な使用を認めるのは適切でないとの理由から基本的には保護の対象としない。しかし地理的表示は、産地名を表示し、保護するものである。

商標はその権利を自由に譲渡できるが、地理的表示は、基本的には譲渡できない性格のものとされている。特に産地外の生産者等に譲渡することはできない(A. De Vlétian, Appellations d’Origine 1989)。

  商標は、産品の品質を証明していないが、地理的表示は、生産基準の設定及び管理・監督機関の設立等の義務付けにより、産地との関連する品質を証明している(証明の程度と方法は国によって異なる)(6)

  商標は期限があり一般的には10年であるが、地理的表示は期限がない所有権である。

 

                             

(6) 商標の機能は、出所表示機能、品質保証機能及び広告宣伝機能であるといわれているが、この品質保証機能とは、商標により、需要者間において質などについて信用がつき、商標権者の信用が識別される。つまり、需要者の期待感であるというのが通説である。

 

以上のように、地理的表示は商標法とは大きく異なるので、地理的表示を形成し、推進してきた国・地域は、商標法とは異なる独自の法体系の下で発展させてきた。 また、地理的表示の目的と機能を理解した開発途上国は、近年、地理的表示を商標とは独立した知的所有権として取り扱うようになっている。一方、地理的表示に長い間消極的であった国は、基本的には、地理的表示を商標の一部として取り扱っているといえる。

 

(2)  地理的表示と商標との関係

商標と地理的表示は、共に名称の表示の保護であり、競合する性格をもっている。両者の競合関係をどのように整理するのかは、難しい問題であり、各国においても又国際的にも議論があるところである。

 

地理的表示と商標との関係については、EUの規則(地理的表示保護規則及びワイン規則)及びTRIPs協定では次のように定めている。

 

(1) EU規則に定める地理的名称の使用の禁止に該当する商標の登録は、地理的表示が既に登録されている場合においてはできない(EU地理的表示保護規則第14条、ワイン規則第44)。ただし、このような商標であっても、地理的表示の登録前に善意で取得されていた商標は有効である(EU地理的表示保護規則第14条2、TRIPS協定第24条5)(7)

(2)  商標が既に存在していたとしても、地理的表示の登録は可能である。しかし、商標の名声、衆知性からして、地理的表示としての保護が産品の真確認(identity)に誤認を与える場合は、その名称は保護されない(、EU地理的表示保護規則第3条4、EUワイン規則第43条、)

(3)  真の産地名を示していない商標で公衆を誤認させるような場合は、利害関係者の申し立てにより、その商標登録を拒否したり、無効とする。なお、ワインと蒸留酒については、公衆を誤認させない場合においても要請によって、拒絶又は無効とする(TRIPs協定第22条3、第23条2)。

 

                            

(7)商標についての加盟国の法制の接近に関するEC理事会指令(E Council Directive 89/104 of 21 December 1988)又はEC理事会規則(EC Council regulation No 40/94 of 20 December 1993)によって商標が無効とされるものでない限り、その商標は、地理的表示の保護に抵触していても、善意で取得されたものであれば存続するとEUの地理的表示及び原産地呼称の保護に関する規則第14条2に規定している。

EU規則とTRIPS協定とを総合して、地理的表示と商標との関係を整理すると

  地理的表示が登録されている場合、その地理的表示を侵害するような商標の登録はできない。

  地理的表示の登録以前に登録されていた商標の場合、地理的表示の登録があっても商標は存続する。しかし、商標が地理的表示の名称を使い、真の原産地を表示していないものは、利害関係者の要請によって無効となる。

  商標が既に存在していたとしても地理的表示の登録は可能である。しかし、その地理的表示が商標との関連で真の原産地等に関して公衆を誤認させるような場合は、登録できない。

ということであろう。このように、EU規則は、先願主義的な考え方を一部取り入れつつも、地理的表示と商標との併存を認めている。しかし、地理的表示を商標よりやや優先的に取り扱っているといえる。

 いずれにしても地理的表示と商標との関係については、各国の法律とその判例によって決められることであり、一様ではない。

現実には、地理的表示(産地名)とその他の用語を組み合わせた商標が多く存在し、フランスでは「シャトー・マルゴー」や「シャンパーニュ・ヴーブ・クリコ」などの地理的表示の産地名を用いた商標が存在する。これらの商標は、地理的表示の利益を害しているとはみなされていないからであろう。しかし、フランスのINAOは、AOC名を用いる商標には批判的であるとされる(ワインの名称と知的財産権、 蛯原健介 2007年)。 

また、地理的表示と既存の商標との併存に関してはチェコのビールのバドワイザー等についての2005年のWTOパネル(groupe spéciale)報告がある。パネルは、既存の商標とそれと競合する地理的表示との併存は一定の限度はあるものの可能とした(TRIPS協定第17条の商標の権利の例外の適用、パネル報告7.688)。したがって、商標は、地理的表示による名称の保護を排除できないと解釈したとされる( Delphine Marie-Vivient et Erik Thévenod-Mottet Economie Rurale Numéro 299 2007)。また、南アフリカのla Haute Cour de Justiceは、このチェコのビールについては混乱が生じるとして地理的表示を無効としたが、オーストラリアのla Cour Fédéraleとニュージーランドのla Cour d’Appelはこれとは反対の決定をし、地理的表示を認めた(8)

                          

(8)Cour fédérale d'Autralie(2002) FCA 390, 5 avril 2002, disponible a l'adress

Internet http://www.austlii.edu.au/cgi-bin/disp.pl/au/cases/cth/federal_cf/2002/390.html

Court of Appeal of New Zealand, CA 158/01, 19 September 2002, disponible a l’adress Internet

http://www.nzlii.org/nz/cases/NZCA/2002/264.html

 

 この地理的表示と商標との併存については、特に開発途上国において自国の産品を輸出国で保護しようとした場合、輸出先国が商標制度しか設けていない場合は、自国において商標登録する必要があった。それ以降、自国に地理的表示制度を導入した際,これらの名称を地理的表示としても登録した。以上のような事情によっても地理的表示と商標が併存しているのである。カフェ・デ・コロンビアやインドのダージリン等がその例である。また、EUにおいては商標として登録できるのかどうか必ずしも明らかでない場合は、自国で地理的表示制度を整えてEUに申請しなければならないという事情もある。

 

このように、地理的表示と商標は併存し得るとされており、実際併存している例もある。しかし、国際商標協会(INTA,International Trademark Association )は,TRIPs協定が認めているとされる商標との併存には賛成せず、商標と地理的表示の間では先願主義(先使用、first in time, first in rightの原則, la théorie du premier arrivé premier servi)が認められるべきであり、ましては、ポルトガルのワインのTORRESの例のように地理的表示が登録された場合、既存の商標が無効になるというのは受け入れられないとしている。

商標との併存については、実際にはその国の文化・伝統、商慣行などによりいろいろなケースがありうる。

 

7対象範囲及び申請者等

地理的表示が対象とする産品は、TRIPs協定では、その第22条によれば「産品(un produit)」と規定し、農産物・食料品に限らず手工業品などの工業製品も対象に含んでいる。したがって、これらの産品を対象にした法制としている国が多い。しかし、EUは、地理的表示の対象を農産物・食品及びワインに限定している。しかも、ワインについては別のEU規則で規制しており、また、蒸留酒については、EU加盟国内に地理的表示の法制度があるが、EUとしての規則をまだ制定していない。また、スイス、中国、韓国などいくつかの国が農産物・食品については別途の法令を制定し、品質保証と品質管理などを強化した法制としている。さらに、ワインについては、ほとんどの国がその他の産品とは別途の法律により規制・保護している。主だった国でワインについて法制がないのは日本だけであろう。

なお、サービスについても地理的表示の保護の対象にしている国がある。日本の地域団体商標制度がそうであり、約20カ国がサービスも対象としている。アメリカ、日本など商標法で対応している国は、一般にサービスも対象としている。商標がサービスも対象としているからである。

 地理的表示の登録を申請できる者は、個人あるいは一企業では認められておらず、原則として団体である。これは、地理的表示がその産地の共通の財産権と認識され、一人の者が独占使用することが許されていないためである。商標法で対応している場合も独立の法律で対応している場合も同様である。

 また、誰が地理的表示の権利者かについては、議論があるところであり、フランスのAOC(統制原産地呼称)では所有権者は国であろうとの説があり(Ilbert et Petit)、スペインではワインにつては国又は地方公共団体である(Audier)。それは、地域の者がだれでも使える共通の財産であり、団体の独占を排除し、公共機関が深く関与していることからそのように考えられていると思われる。したがって、国や公共機関が権利者である場合もある。一方、地理的表示を商標で手当てしている場合は、原則として、公共機関が権利者になることはない。ただし、アメリカの場合は州が所有者になっている場合もある。

 

8国際協定と地理的表示

(1)産地表示産品の保護に関する国際協定

原産地呼称を含む産地表示産品の保護が国際的な問題として長い間議論されてきた。産地表示産品の名称の保護については、19世紀後半から国際条約が成立している。ヨーロッパの中でフランス、イタリア、スペイン、ポルトガルなどのラテン系の諸国では、19世紀には、すでに、世界的に有名な産地名表示の産品が生産され、輸出されていた。これらの国では自国の銘品の名称を他国の産品に使われるのを防止する必要があった。放置しておくとまがい物が流通し、自国の産品の名声が落ちる危険があったことと、多くの国で長い間その名称が使われると、いつの間にか誰にでも使える一般名称(Generic)になってしまうおそれがあったからである。

最初の国際条約は、1883年に締結された「工業所有権に関するパリ条約」である。この条約は、特許、意匠, 商標、産地表示又は原産地呼称の保護並びに不公正な競争の防止を対象とし、産品としては、工業製品のほかワイン、穀物、たばこ、果実、ミネラルウオータ、ビールなどの農産物とその加工品も対象としている(第1-2条の2))。

名称に関しては、産品の産地と生産者及び流通業者の認識についての誤った表示の産品は、輸入の際、押収されることが定められた(第10条の1)。世界の多くの国がこの条約に加入している(173カ国)。

第2の国際条約は、1891年に締結された「虚偽の又は誤認を生じさせる原産地表示の防止に関するマドリッド協定」である。この条約では、産地に関して虚偽又は誤表示のある産品は、輸入の際、押収されるか、押収規定のない国では輸入が禁止されると定められた(第1条)。マドリッドシステム(マドリッド協定とその議定書)の加盟国は84カ国である。ヨーロッパのラテン系の国のほかイギリス、西ドイツ、日本も加盟している。(9)

第3の国際条約は、1958年に締結された「原産地呼称の保護及び国際登録に関するリスボン協定」である。 原産地呼称の定義を定め(第2-1条)、加盟国は他の加盟国の原産地呼称を自国において保護すること、また、加盟国の原産地呼称は、知的所有権国際事務局に登録することが合意された(第5-1条)。しかし、加盟国は26カ国しかなく、アメリカのほか、イギリス、西ドイツ、日本も参加していない。

 

これらの国際条約において欧米の諸国は、産地表示についての虚偽や誤表示を防止することについては合意したが、アングロサクソン系の国は、原産地呼称の保護については合意しなかった。

 

(2)ワインの名称使用に関する国際交渉

 一方、アメリカやオーストラリアなどでは、植民地時代の初期のころからワイン生産が行われたが、これらの国にはワインを分類する基準もなかったので、フランスなどのヨーロッパのワイン分類を使用していた。たとえば、色の深い力強い赤ワインは「ボルドー又はクラレット」と、色のやや浅い赤ワインは「バーガンディ」などの名称を使い、「ホワイト・バーガンディ」、「オーストラリアン・シャブリ」などの名称のワインもあった。また、発泡酒は「シャンペン」の名称が、ポルトタイプのアルコール添加ワインは「ポート」の名称が使われていた。

 フランスなどは、これらの名称のワインを初期の段階では、それほど問題にしなかった。しかし、これらの国では、ブドウの品種によって特徴づけるワインを開発し、次第にそれを高級なワインに位置づけていった。一方、並級のワインには「バーガンディ」、「クラレット」などの名称を用い、「ジェネリック・ワイン(一般名称ワイン)」と分類するようになった。戦後しばらくして、アメリカやオーストラリアからのワインの輸出が多くなってくると、フランスは、フランスワインのAOC呼称がこれらの国で使われることを問題にして、外交交渉を開始した。EUに通商交渉権限が移ってからは、EUがフランスなどの加盟国を代表して交渉を行った。

 

                          

(9) マドリッド協定議定書

商標について、世界知的所有権機関(WIPO)国際事務局が管理する国際登録簿に国際登録することにより、指定した国においてその保護を確保できることを内容とする1989年に採択された議定書で(95年発効)、締約国は、簡易、迅速かつ低廉な手段で、海外の締約国において商標の保護を受けることが可能となる。

 

その結果、主なもので、81年にオーストリアと、83年にアメリカと、93年には、ブルガリア、ルーマニア及びハンガリーと合意が成立した。オーストラリアとは、長年の交渉の末、1992年に合意が成立し、オーストラリアは、段階的にヨーロッパの産地名を自国のワインに使用することを廃止していくことになった。

 

こような、交渉にもかかわらず、問題を残しているのは、アメリカとの間である。アメリカは、ワインについて「シャンパン」、「ソーターン」、「モーゼル」、「バーガンディ」などの産地名をセミ・ジェネリックワインとして使用することを認めている(CFR Title 27, Chapter 1, Section4.24)。また、食品・医薬品局(FDA)所管の食品の表示規制では、地理的な原産地を示すというよりは産品のクラス、種類又はスタイルを示すものとして消費者に一般的に理解されている産地名は、その使用が認められている。(CFR Title21, Chapter 1, Section 101.18)。つまり、アメリカは、「シャンパン」、「ブルゴーニュ」などいくつかの産地名称は、産品のタイプを示す一般名称(Generic)になっており、誰でも使える名称であると解釈しているのである。しかし、フランスの原産地呼称法やEUの地理的表示保護規則やワイン規則では、これらの名称は一般名称でないと規定している。従って、EUは、これらの名称を使用しているアメリカの産品のEU域内の輸入を禁止していた。

 

(3)TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)の成立

リスボン協定以降、フランスをはじめとして、EC加盟国で地理的表示制度が整備・拡充されてきたことを背景に、92年末のECの単一市場の形成に際して地理的表示を骨格とするEUとしての地理的表示保護制度が導入された。これをもとに、EUは、当時進行中であったウルグアイラウンドにおいて、農業交渉とも関連させて、今まで各国間で意見の違いが大きかった原産地呼称をはじめとする地理的表示について知的所有権として世界的な認知を受けるため、協定の締結を強く主張した。この結果94年のウルグアイラウンド終結の際のマラケッシュ協定の一部として「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」が独立の協定として合意され、その中に地理的表示に関する規定がもりこまれた。

この協定では、地理的表示の定義を定め、加盟国が守るべき保護の内容を定めているが、この協定の強行規定を加盟国がどのように実施するかは加盟国に任せられた。この協定の地理的表示の定義と保護の内容と商標との関連などいついては既に大方説明したのでここでは省略する。

WTOで地理的表示について合意されたことの意味はきわめて大きい。つまり、150カ国を超える加盟国が、AOCなどの地理的表示を特許、著作権、商標などとともに知的所有権の一つとして認めたことであり、また、この協定で合意された保護等に関する強行規定に違反がある場合は、WTOの係争手続きが適用され、最終的には違反を修正しない国には報復措置が適用されることになったことである。この協定の成立によって地理的表示は国際的な強制力を伴う知的所有権として確立した。

 

(4)協定成立後の地理的表示に関するWTOでの交渉

94年にTRIPS協定が合意されたが、加盟国間の意見の対立が完全に調整されたものでなく、残された事項はそれ以降のWTOの交渉にゆだねられることになった。第一の問題は、ワインと蒸留酒以外の産品についてもより高い保護を適用するかどうかであり、第2の問題は、ワインの地理的表示について国際的な通報と登録制度を確立するかどうかであった。

これらの問題は95年以来TRIPS理事会の下で行われてきた。この途中、03年からEUとアメリカ等との間でEUの地理的表示保護に関する制度がTRIPs協定とGATT協定に違反するのではないかという係争が生じた。チェコのEU加盟に伴ってEUが03年9月チェコのビールのバドワイザーを地理的表示に登録したことがまた論争を激しくした。

WTOの係争手続きであるパネルで議論されたが、争点は、EUの制度は海外からの登録を締め出しており、これは内国民待遇を原則としているGATTの規定に違反しているという点であり、第2の争点は、既に商標登録されているバドワイザーがEUの地理的表示として登録されたことを例にしつつ、EUの地理的表示保護規則はTRIPS協定第16条が認めている商標の排他的権利に対して違反しているという点である。パネルの報告は、05年になされ、第一の点については、第3国はEUで可能なものと同等の保護を受けることができ、EU規則をTIPS協定及びGATTに従わせるよう勧告がなされた(10)。また、第2の点については、既存の商標は、地理的表示による名称の保護を排除できないとし、地理的表示と商標の併存を確認した(Delphine Marie-Vivien et Erik Thévenod-Mottet、)。

EUは、上級委員会に持ち込むことなく、パネルの報告を受け入れ、06年に地理的表示保護規則を全面改正し、第3国からの登録を内国民待遇の原則に従って開放した(EU理事会規則No 510/2006。その結果、第3国からは団体等が直接EU委員会に申請できることとなった。また、パネル報告は、生産基準や管理措置などのEUの制度の骨格は、平等の原則に反していないと認めたといえる。

                             

(10)現在、コロンビア・コーヒーがEUの地理的表示制度に登録されているが、アジア諸国で申請しているものは、中国でlonjing cha等 10品目、インドでDarjeeling 等2品目、タイで Thai Hom Mali Rice 1品目である(2010年3月時点) 


このパネル報告によって開発途上国の地理的表示に関する関心が高まり、EUの制度への登録申請がなされるようになった。EUも地理的表示制度を世界的に広く認識してもらう必要から第3国からの申請には登録基準を緩和しているといわれている。                                                     

より高い保護をワインと蒸留酒以外にも適用するかどうかについては、交渉が継続されているが、関係国間の意見の隔たりは大きく合意の見通しは立っていない。EUは、適用拡大について賛成する国を求めており、多くの国が特別会合の付託事項の検討開始を要求している状況である。96年にTRIPs理事会はこの問題を非公式に協議し、拡大の提案は99年のシアトル閣僚会議の直前になされた。さらに08年多くの国(108カ国)は、保護の拡大に関するモダリティが最終的な水平プロセスに含まれることを要求し、保護の拡大のほか、遺伝資源の原産地の開示、伝統的知識に賛成している(Ilbert 及びPetit(11)

ワインの地理的表示の国際的な通報と登録制度については、TRIPs協定第23条4及びドーハー宣言第18項に基づく特別会合の付託事項(mandate)に基づき、検討が行われている。これまでの検討では、効果のある保護を目的とする登録義務かあるいは情報ベースとしての登録にとどめるかの意見に分かれたのである。01年のドーハ―閣僚会議以来、交渉の大部分はこの点に集中してきた。アメリカ、オーストラリアなどの新しいワイン生産国は、この制度はコストがかかり、かつ、効果のない新しい手続きと規制が生じると考え、反対している。これらの国は、自国の産品の販売を促進するうえで弾力的で効果的な方法を追求することを望んでいる。

 現在進行中の交渉において参加国のアプローチの仕方の違いによって、多くの部分がカッコ書きとなっている。これらは、法的な形、参加の条件、通報の形式(義務か任意か)、登録の条件(審査、登録の形式と内容、加盟国及び第3国に対する登録の効果)などに関するものである(12)

                      

(11)保護の拡大に賛成している国

EUのほか、南アフリカ、キューバ、インド、エジプト、グルジア、インドネシア、ホンジュラス、ケニア、ニカラグアラ、ナイジェリア、パキスタン、ドミニカ共和国、スリランカ、タイ、トルコ及びヴェネゼラ

(12)通報・登録制度に賛成している国

EUの加盟国であるブルガリア、キプロス、ハンガリー、マルタ、チェコ、ルーマニア及びスロバキア並びに第3国のアイスランド、モーリシャス、モルドヴァ、ナイジェリア、グルジア、スリランカ、スイス、トルコ

 

 

 07年までのEUの提案は、登録対象産品について、加盟国が一定の期間内(18か月)に登録に反対できる手続きのメリットが中心であった。EUはこの提案について第3国からの支持を得ようと努めてきた。これらの国は、地理的表示が一旦登録されると他のすべての国において保護されるという前提に基づく登録を支持している。インドはこの考え方を支持してはいるが、EU提案にある「反証を許す推定」に対して留保している(Ilbert et Petiti)。

 一方、アメリカは、日本などの支持を得て、データベースとしての通報と登録を進めるための任意の登録を提案している。アメリカとそれを支持する国は、登録制度の義務的性格を拒否している。これらの国は、登録はデータベースであって、加盟国は登録が奨励されるが義務ではないとし、ワインと蒸留酒の認知と保護を含む国の法律の決定の際のデータベースであるべきとしている(13)

 

最近では、交渉のこう着状態を回避するため、EUは主として反対の手続き(あるワインの登録に反対する場合の手続き)と法的効果に関し弾力性を導入することによって意見の差を縮める試みを行ってきた。反対の手続きはいつでも可能で、また、非加盟国も国内法に従って登録と協議することを約束するというものであった。最終的な結果の法的な形式と制度の法的な調整についてまだ合意に至っていないが、意見の集約について議論がなされている。

 

そのほかにWTOで交渉が行われたのは、いわゆる回収リスト(Claw back list)と呼ばれる問題であった。ジェネリックあるいはセミ・ジェネリックとして使用されている地理的表示の名前が世界的に悪用されているのではないかと思われる産品のリストである。EUは保護されるべき41の産品のリスト(ボジョレー、ボルドー、ブルゴーニュ、シャブリ、シャンパーニュ、ポルト、コンテ、ロックフォールなど)を作成した。このリストに対して、アメリカ等の反対は強かった。

                       

(13)アメリカ提案を支持している国

アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、チリ、台湾、コスタリカ、ドミニカ共和国、エクアドル、エルサルバドル、グアティマラ、ホンジュラス、日本、メキシコ、ナミビア、ニュージーランド、ニカラグワラ、パラグワイ

 


しかし、05年9月にアメリカとEUとで二国間の合意が成立し、以後、この問題はマルチの場ではなくバイの交渉で取り扱うこととした。EUとアメリカの合意では、ワインの名称についてアメリカがセミ・ジェネリックとしている17の名称を使用しないよう努力することとし、また、EUは「シャトー」、「クロ」などの14の伝統的表現のアメリカの使用を一定期間認めることとした。なお、ワインの名称と伝統的表現の使用については08年EUとオーストラリアでバイの合意が最終的に締結されている。

以上のように地理的表示はWTOで交渉が続けられているが、現在のところ意見の対立を残したままでこう着している。EUは地理的表示を農業政策の重要な要素ととらえ、WTOで保護強化や拡大の合意を目指しており、今次ドーハー・ラウンドの合意の条件としているようにみえる。このため最近、地理的表示を評価してきている開発途上国の賛成を得るべく努力している。ラウンドの最終段階に向けた開発途上国の動向がこの地理的表示のWTO交渉の行く末に大きな影響を与えるかも知れない。

5)2国間交渉

現在、WTO交渉と並行して、各国は、自由貿易協定を積極的に推進している。 特に、EUは、地理的表示に関するWTOでの交渉が進展していないことなどから、自由貿易協定交渉などバイの交渉において地理的表示に関する合意の締結に積極的で、地理的表示制度の普及とEUの前述のような保護に関する主張を相手国に認めさせる努力をしている。また、開発途上国に対し地理的表示制度の整備について積極的に支援している。最近、EUは、アジア諸国との自由貿易協定の制定にも重点を置いており、当初ASEANとの協定を目指したが、2009年以来各国との自由貿易協定交渉を進めていくとの方針の転換を図った。この方針に沿い、200910月には韓国と仮調印を行い、20103月から、シンガポールと交渉を開始することとし、ヴェトナムとも20103月から非公式協議を開始することとしている。

韓国との自由貿易協定では、知的財産権に関する合意の中で地理的表示の取り扱いについてかなり詳しい合意がなされた。それによると、互いの地理的表示を評価したうえで登録し、それらを互いに保護すること、保護の内容は農産物・食品のほかワインについてEUの主張する高い水準の保護を適用すること、産地と品質との関係を確認し、それを管理する方式の導入など地理的表示制度にとって必要な基本的事項について合意などである。

 

9地理的表示に関する開発途上国の動向

 開発途上国は、リスボン協定加盟国などの一部の国を除いて、地理的表示に長い間大きな関心を示さなかった。ただ、原産地を冠した世界的にも有名な産品が開発途上国にも古くからあり、たとえば紅茶のダージリン、コロンビア・コーヒーなどこれらの産品については輸出先国などにおいて商標登録をし、その権利を守っていた。しかし、商標登録などによる名称の保護をせず、放置していた例も多く、このような産品は多くの人に使われ一般名称になっていった。その例は、インドのバスマティ米、エチオピアのシダモコーヒーなどである。開発途上国にとっては、特に先進輸先出国でその名が使われると有名になるというメリットもあったのである。

 しかし、開発途上国の資源に対する権利意識が、特に、種子などの生物資源について高まってくるに従って、地理的表示を含む知的所有権に対する関心が高まっていった。92年に締結された生物多様性条約においては、遺伝資源の利用から生じる利益の公平かつ均衡ある配分が課題となった。94年にTRIPs協定が締結されると開発途上国にも他国の地理的表示を保護する義務が生じるとともに、自国でも地理的表示制度を設立し、自国の地理的表示産品の保護をする必要が出できた。     さらに、05年WTOのパネル報告によって、EUなどの先進国の地理的表示制度は、開発途上国などの第3国にも開かれたものにしなければならないことになり、開発途上国の地理的表示に対する関心を一層高めることとなった。EUの地理的表示保護に最初に登録された第3国の産品はカフェ・デ・コロンビアであった。このような情勢から、90年代後半から開発途上国において地理的表示の国内法が整備されていった。

 

アジアについては、中国で94年から地理的表示は商標法における証明商標及び団体商標でも可能としたが、01年に商標法を改正し、地理的表示を、「その特定の品質、名声、その他の特質が自然のあるいは人的要素に帰する(Attributed)ものであることを認知(Identify)する表示」と定義して導入した。さらに、08年に施行となった農産物に関する地理的表示制度(農林部命令による)では、登録における条件をより厳格にして産地との関連性を確実にする手段を導入し、また、管理機構によって安全を含む品質管理を行うようにもなっている。

 このようにして、中国では、地理的表示は、知的所有権と安全規準を管理する国家によって管理され、認知される保護の形となっており、国家の発展のための手段となっているようにも見える。05年時点で500以上の地理的表示が公表されているが、07年に公表された地理的表示の公式なリストによれば、251のみが特別の表示(sign)を備えた番号を有している。そのうち24は海外からの産品(アイダホ・ポテト、フロリダ・オレンジ、パルマハム、テキーラ等)である(Ilbert et Petit

インド議会は、99年12月に地理的表示の保護と登録に関する法律を通過させた。「産品に関する地理的表示法」(Geographical Indication Goods Act)は、03年9月に施行となった。管理は、一般特許庁(General Patent Office)である。09年時点で、茶、米、香辛料、果実などのほか綿、絹、手工芸品が登録されているが、手工業品が比較的多い。

 

南米については、アルゼンチンで、04年に法律(Law No 25.380)が改正され農産物の出所及び原産に関する表示制度が導入されている。また、ブラジルにおいても96年に知的所有権法(Law to regulates rights and obligations relating to industrial property)が改正され、Title IVにおいて地理的表示を独立の知的収有権として関係規定が定められた。

 

また、コロンビア、ペルー、ボリビア、エクアドル、ヴェネゼラで構成され、1996年に設立されたアンデス共同体では、2000年に工業収有権に関する共同制度Decision 486において、地理的表示を独立の知的所有権としてTitle XIIで規定している。

 

アフリカについては、フランス語圏16カ国で構成されるバンギ協定では、99年にアフリカ知的所有権機構を改正し、ANNEX VIにおいて地理的表示を独自の知的所有権としてとらえ、定義、保護、審査・登録手続き等を定めた。

 

エチオピアでは、コーヒーを保護する方針をとり、輸出市場における世界的な名声を獲得している。ハラ―ル・コーヒー(Hara coffee)は、この名前の地域でとれるコーヒーである。05年にエチオピア政府は、シダモ(Sidamo)、ハラ―ル(Harare)、イルガッチェフェ(Yirgacheffe) の名称のコーヒーを世界の30カ国で商標登録することとした。しかし、アメリカでは、シダモ及びハラールについては、一般名称とされ、アメリカで保護することができなかった。

  現在、エチオピアは、地理的表示の保護と管理の制度を設立すべく現在検討が行われ、地域の保護と開発との関連に注目して保護の対象となる産品を特定しつつある。

なお、ケニヤにおいても地理的表示に関する独自の法律を制定すべく法律案が作成されている。

 

以上のように、地理的表示は先進国のみの問題でなく、多くの開発途上国も関係するグローバルな問題になっている。開発途上国は、生物資源を含む自国の知的財産の保護、その利用による利益の確保、輸出の振興、地域住民の所得の向上の重要な手段と認識し、法整備を進めつつある。

 

まとめ

以上、各国でとられている地理的表示制度についてその内容、違い等を考察してきたが、現在、多くの国が地理的表示を商標とは異なる独自の知的所有権として制度を整え、それが世界標準になりつつある。さらに、農産物・食品については中国や韓国などのように産地に由来する品質・特性を証明する特別の制度を構築する国も増加している。

このような世界の動向と日本の食文化、農業及び食品産業の状況を考慮すれば、TRIPs協定の定義に則し、産地における特色ある産品の品質を保証し、その内容について消費者に情報提供し、生産者と消費者が共に認識する地域の産品を形成する地理的表示制度が必要と思われる。かかる制度によって、産地の人々の努力による財産としての産品を確固たるものにし、発展させ、内外において認知度を高めることができる。このことが、日本の食文化を内外に広めていくことに通じる。かかる目的を達成していくためには、商標法のみでは不充分であろう。

また、日本においては、農産物・食品の輸出拡大を図ることが大きな目標になっている。この場合、EUなどの海外の地理的表示制度に登録したり、二国間協定あるいは、多国間登録制度で登録することは、大きな意味をもつ。日本で以上のような地理的表示制度を確立していないと、このような登録に支障をきたすおそれがある。特にワインについては、EUなどの制度に登録されれば、海外はもとより国内での販売も促進されるほか、ワイン法の制定によって輸出市場において、地理的表示ワイン(上質ワイン)として認識されるほか、上質ワインの表示基準が認められることになる。

さらに、グローバル化が進展している現在、地理的表示についても世界標準に近いものを作り上げ、EUなどとの貿易相手国との軋轢を少なくすることは、日本の貿易の拡大にとっても必要なことであろう。


 

参考文献
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・「Extraits choisis par François des Lingeris du texte de  « L’Evolution de la Législation sur les Appellations d’Origine - Genèse des Appellations  Contrôlées - » par Joseph Capus en 1947,  髙橋梯二訳、09、農政調査委員会
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Geographical Indications of Goods Act of 1999 in India

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Law to regulates rights and obligations relating to industrial propertyTitle IV in Brazil
Decision 486, Annex VI Geographical Indications アンデス共同体

 

 
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