地理的表示に関連したチーズとワインの名称をめぐる争い
                                            髙橋梯二
                                東京大学農学生命科学研究科非常勤講師

                          平成24年10月2012/ 10

1はじめに

1994年に合意されたTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)によって地理的表示の保護が国際的に合意されたが、保護されるべき地理的表示かどうかの解釈を巡り意見の相違があるほか、この国際協定が最低限の保護を定めたものであり、国内法で保護の水準をより高く定めることができること(追加的保護)から国によって保護の水準が異なることなどによる国際的対立がある。

TRIPS協定では一般名称になったものは保護の対象としないと規定しているが、実態はそれほど単純ではない。たとえば、チーズでは、「パルメザン」などはアメリカ等が一般名称になっているので誰でも使える名称としているが、ヨーロッパでは保護されるべき名称で真の産地以外の者は使えないとしている。ワインについても「シャブリ」、「シャンパーニュ」などで同様の意見の違いが存在している。保護の水準を巡る意見の相違については、ヨーロッパでは、すべての農産物・食品について追加的保護(1)を導入している。つまり、「風」、「スタイル」などの用語を加え、消費者が真の産地を誤解しないようにしたとしてもその産地名称の使用は禁止されるとの立場をとっている。つまり、「ボルドー風」、「アメリカ・ロックフォール」などの名称も禁止としている。一方、アメリカ等は、ワインについては追加的保護に合意しているが、チーズ等その他の産品については消費者に誤認を与えない表示は認められるとして追加的保護を採用していない。たとえば、「アメリカ・ロックフォール」などの表示は認められるとしているのである。

特に、チーズとワインについては、かなり古くからアメリカ、オーストラリアなどの国で、ヨーロッパの産地名称が使われてきており、今になって、それらの名称が使用できなくなることの経済的損失は大きいとして、ヨーロッパの考え方に強く反発している。 一方、ヨーロッパは、ヨーロッパが長い年月をかけて築いてきた有名な名称をその産地以外の者が使うのはただ乗りであると主張し、また、ヨーロッパの真の産地の産品より品質が落ちるものが同じ名称で多く流通すると産品の評価が落ちると懸念している。

以上のような状況から、現在、特に、チーズとワインについての地理的名称の使用について、ヨーロッパとアメリカやオーストラリアなどの国との間で論争が生じている。本稿ではその状況について説明するものである。

2 チーズの名称使用についての問題

(1)チーズの名称使用の対立の状況

チーズの名称使用についての紛争は、まず、ヨーロッパ諸国間で生じた。1992年にECの地理的表示制度が創設された際、EC諸国間の原産地名称使用の権利を調整した。たとえば、フランスの「カマンベール」については、デンマーク等で長年使用されており、デンマークの主張によってその名称は一般名称(2)とすることでフランスが折れ、フランスは保護すべき地理的表示の登録名称は「カマンベール・ド・ノルマンジー」とすることとした。「パルメザン」チーズはドイツ等で使用されており、イタリアは反対したがそれを禁止することはできなかった。2008年になってイタリアはドイツが粉チーズに使用している「パルメザン」を違法として欧州司法裁判所の判断を得て勝訴している。理由は、「パルミジャーノ」を想起できるいかなる名称もヨーロッパにおけるチーズの商取引においては禁止されるということであった。従って、ヨーロッパではパルメザあるいはそれに類似する名称はイタリアのパルミジャーノ・レッジャーノの生産者以外は使用できない。ギリシャのチーズの「フェタ」については、一般名称であるかどうか欧州司法裁判所で争われ、一般名称であるとするドイツ及びデンマークの主張に対し、司法裁判所は、フェタは特定の地方で生産されその地方に由来する特性を備えたものであり、一般名称化していないとの判断を示している。

現在、アメリカでは、「ブリー」、「ゴルゴンゾーラ」、「モッツアレラ」、「フェタ」、「パルメザン」、「エンメンタール」等の名称を使用するチーズが製造・販売され、さらにEU以外の国にも輸出されている。これらの名称にアメリカの産地名などを結び付けた名称での販売も可能である。たとえば、モッツアレラについては、アメリカの企業に対し商標権が付与され、さらに、「モッツアレラ・イタリアン・チーズ」が商標登録され、ピザや、レストランなどにもモッツアレラを使用した商標が使われている。また、「パルメザン」もアメリカの会社に対して商標登録を認め、その会社が独占的にそれらの名称を使用できるようにしている。さらに、「パルマ・キューブ」のチーズ、「パルメザーノ」というレストランのメニュなど「パルマ」の名称を使用した商標が多く登録されている。このようにアメリカではヨーロッパの有名なチーズの産地名は一般名称あるいは単なる地域名として認識され、かなり広く使用されているのが実態である。

しかし、疑問に感じるのは、アメリカが「モッツアレラ」や「パルメザン」を一般名称と認識するのであれば、これらの名称についてアメリカの企業に対して何故商標権を認めたかである。一般名称であれば商標登録もできないはずである。しかし、モッツアレラについては1993年にGrande cheese company corporation が、パルメザンについては2005年に同社がチーズの商標登録が認められている。

これに対して、EUは、地理的表示の名称は一般名称でないと主張するとともに、WTOドーハーラウンドにおいてチーズを含む農産物・食品すべてについて追加的保護を適用するよう交渉を推進してきた。その目的は、「ロックフォール風」とか「ゴルゴンゾーラスタイル」などの名称を禁止するためである。

(2)EUの最近の動き

 ドーハーラウンドは、2001年以来10年以上続けられ、数度の閣僚会議も開催されたが、合意には至らず、進展が見られなかったので地理的表示に関する交渉も中断状態になった。しかし、この間、二国間の自由貿易交渉や複数国間の経済連携協定が多く締結されるようになり、EUは、この二国間等交渉に重点を移し、協定締結交渉において、EUの主張を相手国に認めさせるよう努力している。従って、EUが今まで締結した二国間自由貿易協定等においては知的財産権に関する章の中で地理的表示の取り扱いについての約束を取り付けている。その場合、追加保護の対象産品の拡大を認めさせ、さらに、地理的表示制度は商標とは異なる独自(sui generis)の制度を採用すべきことを要求し、その上で、当事国が互いに保護すべき地理的表示産品の登録を行うという方針をとっている。

(3)EU・韓国自由貿易協定におけるチーズの名称使用の取り扱い

以上のような国際的動向の中で、EU・韓国の自由貿易協定においてどのような約束がなされたか見てみよう。EU・韓国の自由貿易協定(2011年に発効)の締結交渉では知的所有権の取り扱いにつて検討がなされ、その一環として地理的表示制度につても合意がなされた。結果としては、韓国はEUの要求をほとんど受け入れたといってよい。その上で、お互いに保護すべき地理的表示産品の登録を行った。韓国市場で保護されるべきEUの地理的表示産品は、チーズを含む農産物・食品で60(ビールを含む)、ワイン及び蒸留酒で79件であり、EU市場で保護される韓国の地理的表示産品は、農産物・食品で63件、蒸留酒で一件であった(3)

一方、アメリカは、このEUと韓国とのこの自由貿易協定に強い懸念を抱いたのである。第1には韓国が追加的保護をチーズ等を含むすべての農産物・食品に適用することを認め、しかも、「パルミジャーノ・レジャーノ」、や「フェタ」などのチーズの多くを韓国が保護すべき産品として登録したことである。これによれば、アメリカが多く韓国に輸出している「パルメザン」は「パルミジャーノ・レジャーノ」の派生語あるいは翻訳語であるので追加的保護の規定によって韓国市場で保護され、アメリカから輸出できなくなる。また、「ロックフォール」やギリシャのチーズの「フェタ」も登録され保護されることになった。

 アメリカのチーズ業界がこの件についてアメリカ政府(USTR)を通じて韓国に問い合わせを行ったところ、韓国は、EUと韓国の自由貿易協定で登録し保護することとした地理的表示のうち複数の要素から成るもの複合名称(たとえば、Brie de Meaux, Emmental de Savoie, Grana Padano, Parmigiano Reggiano, Pecorino Romano)は、すべての要素が使用された場合のみ保護の対象となるとアメリカ政府に回答している。従って、「パルメザン」、「ブリー」、「エンメンタール」の名称の使用は韓国では禁止にならない。つまり、アメリカからの「パルメザン」などのチーズの輸入は禁止されないということである。しかし、複合名称でない「フェタ」については韓国市場に輸出できないと解釈され、アメリカはパッケージの書き換えを行っているという。

さらに、韓国は農産物品質管理法による地理的表示制度を商標とは異なる独自の制度としEU型の制度に近付けたので、アメリカとしては、この点も懸念した。

(4)アメリカの対応

以上のような一般名称に係るEUの攻勢に対し、アメリカは、TPP交渉などにおいて、一般名称の考え方及び一般名称と認識している産品のリストを作成し、アメリカを含むTPP参加国間で既に広く使用されている名称は一般名称であると確認しようとしているといわれている。さらに、アメリカは、チーズなどのヨーロッパの原産地名の多くは一般名称としてとらえ、それにそれぞれの国の産地名を加えた複合名称を保護されるべき地理的名称とすべきという考えを持っているといわれている。たとえば、「カルフォルニア・ロックフォール」などの複合名称が保護されるべきであり、「ロックフォール」自体は一般名称と認識し独占的に使用されるべき名称でないという考え方である。 EUがこれに合意しないとしても、TPP関係国間で合意できれば、TPP参加国でこの考え方に沿った運用が可能という理解であろうと思われる。このようなアメリカの主張は、20124月に開催された農水省の地理的表示保護研究会におけるアメリカの「食品一般名称コンソーシアム(Association for Common Food Names)」のグレイグ・ソーン氏の意見表明に現れている。

 食品一般名称コンソーシアム(Association for Common Food Names

グレイグ・ソーン氏の意見(農水省地理的表示保護制度研究会20124月)

 

(1)業界の懸念は、地理的表示制度の実施の仕方によって、国際貿易が阻害されることになるのではないかということである。

(2)EUのGIの保護制度は範囲が広すぎると思われ、個々の要素(例プロヴォローネ)や派生語(例パルメザン)まで保護されている。また、地理的要素を含まない単一語の名称(例 フェタ)もいくつか保護している。

(3)こうした多数の名称は世界で一般的に使用されている。これらは、ヨーロッパ移民の子孫により何世代にもわたり使用されてきた。また、優良企業のブランド名にも組み込まれている。

(4)EUの保護制度は新世界のチーズ等食品生産者の輸出に深刻な悪影響を与える。また、消費者の選択の幅を狭くし、価格を引き上げ、消費者の利益を損なう。EUの保護制度はマーケッテイング戦略としては近視眼的である。たとえば、アメリカのレストランチェーンが15年程前に開発した「アジアーゴ・ベーグル」は近年有名になり、イタリアの「アジアーゴ・チーズ」の消費拡大に大きく貢献している。

(5)以上の理由から、複合名称のみを登録するようにする。一般名称を単一の語として登録しないようにする。また、派生語も登録できないようにする。

(6)一般名称かどうかは、① 原産国以外での生産量の大きさ、貿易量の大きさ、②コーデックス規格が制定されているかどうか。関税表に分類されているかどうか等が参考となる。

(7)商標との関係では「先使用(先願主義)」の原則を守り、商標権の侵害を避けるようにすべきである。

参考

                                                単位:トン

チーズの名称    EUの生産量     EUを除く世界の生産量

モッツアレラ       790,000                1,994,000

チェダー        550,000                1,925,000

パルメザン        91,000                  116,000

プロヴォローネ          9,000                  158,000

フェタ                  185,000                  182,400

  このような複合名称のみ地理的表示として登録されるようにすることは、たとえば、ロックフォールチーズについてその名称使用が多くなり、一般名称と認識すれば、「ニューヨーク・ロックフォール」、「北海道ロックフォール」など世界中にロックフォールの名称あるいは類似する名称を使用する地理的表示が出現することとなり、フランスの地理的表示「ロックフォール」のブランド価値はほとんどなくなってしまう可能性がある。したがって、ヨーロッパは、ヨーロッパの産地名称が誰にも使える一般名称との認識がすすむと、ヨーロッパ各国がそれぞれ何世紀にもわたって築きあげてきた産品の名声の価値を失わせるものであると強く反発している。

現在、日本とEUとの自由貿易協定交渉が行われており、また、TPP交渉に日本が参加すれば、韓国で経験したようなEU側とアメリカ側の要求が日本にも出されてくると思われ、日本側が両サイドの要請をどのように調整するのか苦慮するようになろう。日本ばかりでなく、今後、EUあるいはアメリカがからむ自由貿易協定交渉や経済連携協定交渉においては、EUとアメリカはそれぞれの立場からの要求をしてくることが予想される。

(5)コーデックスの場での論争

FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)共同のコーデックス委員会(4)では、貿易障害の除去と消費者保護の観点から加盟国の間の協議を通じて食品の国際規格が作成されてきている。チーズについてもコーデックスの乳・乳製品部会で国際規格が作られてきたが、チーズについての地理的表示名の使用について国際的に問題が大きくなるにつれ、コーデックスでの規格作成に反対する意見が生じてきた。コーデックス規格が作成されるとそのチーズの内容が国際的に合意されたことになり、その名称は多くの国で使用可能な一般名称と認識されるおそれがあるからである。

問題となったのは「エンメンタール」チーズであり、2006年の規格改定の際、「エンメンタールを地理的表示として登録しているスイスは同規格の策定を留保した。というのは1994年のウルグアイラウンドでSPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)とTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)が成立し、両協定によればコーデックスのような国際基準に合致していれば協定上の義務が満たされているものとみなされ、国際貿易を制限できなくなる、つまり他国の「エンメンタール」名称のチーズの輸入を禁止できなくなるからである。もし、貿易制限をすれば、WTO上の係争手続きが適用され、敗訴になる恐れが生じた。これらの協定の成立によってチーズの地理的表示産品を有する国はそのチーズのコーデックス規格に慎重になったのである。これに対し、アメリカ、オーストラリア、カナダ、マレーシア及びニュージーランドが「エンメンタール」は既に一般名称になっているとして反論している。

「パルメザン」チーズについては、1996年にドイツがコーデックス規格を作成する提案をした。ドイツでは100年以上も前から「パルメザン」のチーズが販売されていた。これに対してイタリア等は「パルメザン」は同国の地理的表示産品「パルミジャーノ・レッジャーノ」の派生語であり、一般名称でないとして規格の作成に反対した。カナダ等は、パルメザンは世界で多く生産され、国際貿易量も多いが、規格が整備されていないことによって世界中の消費者が品質について混乱するとして規格作成に賛成した。

現在、コーデックス委員会では、このような名称をめぐる意見の相違からチーズの規格の作成あるいは改定が困難な状況になっている。

なお、現在までにコーデックス規格が作成されているチーズは次のとおりである。

モツアアレラ、チェダー、エダム、ゴーダ、サムソー、エンメンタール、プロヴォローネ、カマンベール、ブリーなどである。

また、以上の名称のうち、そのほとんどが、EUの地理的表示制度では複合名称として登録されていることからも、多くの国で一般名称として認識される可能性が高い。

(6)日本におけるチーズのヨーロッパ名の使用

 日本においても、チーズについては、ヨーロッパの産地名称がかなり使用されている。2005年に中央酪農会議等が調査した「国産ナチュラルチーズ図鑑(改訂版)」ではナチュラルチーズを生産している会社は91社あり、多くの会社がヨーロッパの産地名を使用して販売している。カマンベールは一般名称とされているが20社、モッツアレラは12社、ゴーダは11社、チェダーは5社が使用しているのが確認できる。

 

 

北海道 

(46)

東北 

(10)

関東


(18)

北陸・東海・近畿

(8)

中国・九州

9)

合計

(91社) 

カマンベール

9

1

5

2

3

20

モッツアレラ

6

1

2

2

1

12

ゴーダ

2

0

5

1

3

11

チェダー

2

1

2

0

0

5

マスカルポーネ

1

0

1

0

0

2

ブリー

1

1

0

0

0

2

カッチョカヴァロ

3

0

0

0

0

3

リコッタ

0

0

0

0

1 

プロボローネ

0

0

0

0

1

1

  出典:「ナチュラルチーズ図鑑」、(社)中央酪農会議、(社)日本酪農       乳業協会

  注:図鑑に掲載されているラベルを拾い上げたものであり、すべてを網     羅していない可能性がある。 

 日本は、まだナチュラルチーズの生産量が多くなく、輸出もほとんど行われていないので、ヨーロッパの産地名の使用について、EUはあまり問題視していないが、生産量や輸出量が多くなると問題視する可能性がある。また、日・EU自由貿易協定交渉が現在進行中であり、EUは、これらのチーズの名称の保護リストを作成し、日本市場での使用を禁止するよう求めてくると予想される。日本側としてもどれを保護し、どれが一般名称として使えるかを決めなければならないと思われる。

 

2ワインの名称使用についての対立

(1)ワインの名称使用についての対立の状況 

ワインの名称の使用についてヨーロッパと北米、南米、オーストラリアなどの新世界の間の争いには長い歴史がある。また、ヨーロッパ内でも東欧諸国が西欧諸国のワイン名を使用し問題となるケースもあった。しかし、チーズをめぐる争いに比較し、現在では、ほぼ解決が見られるようになっている。ただ、ヨーロッパとアメリカではなお問題が残されている。

新大陸においてはヨーロッパの植民地であった時代からワイン生産が始まっており、しかも、オーストラリアなどは初期の段階からヨーロッパへの輸出を目指していた。この場合ワインの名称はヨーロッパの産地名を使っていた。前にも述べたように、ワインのタイプを表すのにヨーロッパの産地名しかなかったからでもある。

フランスでは自国のワインの産地名が外国で使われないようにする努力は、1920年代後半から始まっている。フランスとの貿易相手国との2国間協定により、名称の保護がなされている。最初の協定は1928年にフランスとチェコスロバキアとの協定である。また、西欧諸国間でも名称使用の問題があり、フランスとドイツとの間ではAOC名や伝統的表現(chateau, grand cru, méthode champenoiseなど)の相互の保護に関する協定が1960年に締結されている。フランスとイタリアとの間では1969年に、スペインとの間、スイスとの間及びイギリスとの間では1975 に協定が結ばれ、まずは、ヨーロッパ諸国の間でワイン、チーズなどの産地名称の使用の調整が行われた。

ECでワインの共同市場が形成され、本格的なワイン規則が採択された1970年代以降は、第3国との交渉はECが担当するようになった。ECとオーストリアとのワインの名称に関する協定は1981年に成立している。

なお、ワインの名称以外にもいわゆる伝統的表現(5)の問題がある。伝統的表現はヨーロッパの長年のワイン生産の歴史の中でそれぞれの産地で形成されてきた表現である。EUはヨーロッパのワイン規則を制定する際これらの伝統的表現がどの国、どの産地あるいはどのワインに使えるかを調整し、登録制とした。たとえば、「シュールリ」はフランスのミュスカデ地方のワインと特定のヴァン・ド・ペイにのみ使用できる。「ヴァンダンジュ・タルディブ(遅摘み)」はフランスのジュランソンとアルザスのワインのみに使用できるなどである。したがって、ヨーロッパはこれらのヨーロッパの伝統的表現は基本的には第3国のワインに使用するのは好ましくないとし、それらの表現を使ったワインの輸入を原則として禁止している。

これに対し、アメリカ、オーストラリアなどのワインの輸出国はEUのこの伝統的表現の使用規制は厳しすぎるのではないかと反発している。

新大陸との関係については、戦後しばらくすると、アメリカのワインの生産と輸出が増加し、さらに、オーストラリアもアメリカに引き続きワイン輸出が拡大するにつれ、フランスをはじめヨーロッパ諸国はこれらの国がヨーロッパの産地名を使用していることに懸念を抱き始めた。しかも、アメリカやオーストラリアはブドウの品種名を強調するワインを開発し、このワインを「ヴァライエッタル・ワイン」と分類しその品質の向上に努めた。その結果、ボルドーあるいはバーガンディ、ホックなどヨーロッパの産地名を表示するワインは「ジェネリック・ワイン(generic wine)」と呼ばれるようになり、品種表示ワインに比較し、低級ワインと位置付けられるようになった。このこともヨーロッパを刺激したとされ、ヨーロッパは新大陸のワインにヨーロッパの産地名が使用されることに異論を唱えるようになった。

(2)ワインの名称をめぐるアメリカとEUとの交渉

これに対し、アメリカ等はボルドー(クラレット)、バーガンディ、シャブリ、キアンティなどの名称はアメリカ等で長年使われてきたものであり、誰でも使える一般名称になっていると反論した。しかし、アメリカやオーストラリアはEUにワインを多く輸出しており、ナパバレー、バロッサバレーなど自国のワインの産地名の表示をヨーロッパ市場で認めてもらう必要があった。EUは域内で産地表示については厳しい規制をしているので輸入されるワインについても輸出国において産地表示の厳格な基準がなければならないとの立場をとっていた。このような事情もあり、新大陸諸国はEUとの交渉を行った。一回の協定では、すべてを解決することができず、数度の交渉が行われている。

この間アメリカは、識別できるヨーロッパの産地名称、識別できないヨーロッパの産地名称及びセミジェネリックという分類を設け、どの分類に属するかはアメリカ当局が決めることとした。これによれば、識別できるヨーロッパの産地名称は保護を認めるが、識別できないものは一般名称であるので保護を認めないということであろう。セミジェネリックは基本的には保護がなされない一般名称であるが、場合によっては保護が可能という意味で、「半一般名称(semi generic)」ということであろう。

セミジェネリックワインとしては、例として次の16のワインが示されており、これらのワインの名称はアメリカ市場では保護されないということである。つまり、アメリカでは誰もが使用できるという取り扱いとなっている。

バーガンディ、シャブリ、シャンパーニュ、キャンティ、クラレット、オー・ソーテルヌ、ホック、マディラ、マルサラ、モーゼル、ポート、レッジナ、ライン、ソーテルヌ、シェリー、トカイ

 なお、識別できるヨーロッパの名称はヨーロッパの国ごとの申請に基づき承認されており、フランスワインについては「コートロティ」など88品目が認められている。これらのワインの名称はアメリカ市場で保護される。

以上のようにアメリカがヨーロッパの地理的表示の産地名をワインに使用していることとアメリカが使用することができるセミ・ジェネリックの名称の範囲がどこまでか明らかにされていないことなどから、EUはWTO交渉において、いわゆるクローバックリストの作成を提案した。「クローバック」とは間違っていたものを撤回するという意味である(6)。EUの提案はEUの地理的表示名称が海外で使われているワインやチーズなどの名称について国際的に保護されるべきものの名称リストで、ワインで22品目、チーズ、ハム等で19品目であった。EUのこの提案については反対する国が多かった。

そこで、2005年になってEUは、アメリカと二国間の交渉を行い、ワインの名称の取り扱いについて合意に達し、以後、名称の問題はWTOの場ではなく、二国間交渉で協議していくこととなった。合意の内容は、①アメリカは、ワインについてのセミジェネリックの名称を上記の16に限定することとし、議会の承認を得るよう努める。②EUはアメリカのワインの醸造上のいくつかの技術基準を認めるというものであった。

EUのワインの地理的表示に関する新しい規則が制定されるに当たり、EUとアメリカは、ワイン貿易に関する協定を2006年に締結している。この協定は、次の二つを主な内容とする協定であり、それまでのワインに関する名称についての交渉の結果を総括したものである。

(1)  アメリカは、EUのワインの地理的表示について懸案になっているもの(上記16名称)を除き、すべて保護する。一方、EUは、アメリカの産地表示ワイン(AVA、アメリカブドウ栽培地域名などを冠したワイン)の名称をすべて保護する。ただし、これによってお互いにこれらのワインを知的所有権としての地理的表示として認めたということを意味しない。

(2)  EUは、EUのワインの伝統的表現のうち、シャトー、シュールリなどのいくつかについてアメリカが使用することを認める。

(3)ワインの名称をめぐるEUとオーストラリアとの交渉

 オーストラリアとEUとの間のワインの名称をめぐる問題は、長い年月がかかったが、2008年の協定によって、ほぼ解決をみている。結果としては、オーストラリアはEUの地理的表示ワインのすべてを、また、伝統的表現のほぼすべてを保護することとした。一方、EUはオーストラリアの地理的表示ワインすべてを保護することとし、オーストラリアの醸造上の基準のすべてを認めることとした。

 オーストラリアにとってワインのヨーロッパへの輸出は極めて重要であり、EUの主張を大幅に認める必要があったのである。過去において数次の交渉が行われ、徐々にEUの主張を認め2008年の協定に至ったのである。

たとえば、 オーストラリアが、EUの助言によりオーストラリア地理的表示制度を導入する直前の1992年のECとの合意では、オーストラリアは次のような約束をしている。

 (1)1993年末までに廃止するワインの名称

    ボージョレー、カヴァ、フラスカティ、サンセール、
    サンテミリオン、

ヴィノ・ヴェルデ、ホワイト・ボルドー

 (2)1997年末までに廃止するワインの名称

    キアンティ、フロンティニャン、ホック、マディラ、
    マラガ

 (3)別に定める時期までに廃止するワインの名称

    バーガンディ、シャブリ、シャンパン、クラレット、
    グラーブ、マルサラ、

モーゼル、ポート、ソターン、シェリー、
    ホワイト・バーガンディ

 2008年の、オーストラリアとEUとのワイン貿易に関する協定では、オーストラリアは、EUの地理的表示ワインの名称のすべてを保護することとし、これらの名称のオーストラリアでの使用を禁止することとした。またヨーロッパのワインの伝統的表現についても、酒精強化ワインに使われるいくつかの表現を除き、すべて保護することとした。ただ、従来から、オーストラリアで商標に基づき使用されていた表現は、そのまま認められることとした。一方、EUは、オーストラリアのワインの地理的表示名(約100)はすべて保護することとした。

4おわりに

地理的表示を巡る名称の問題は、ヨーロッパとアメリカで妥協するのは容易でないように思われる。それぞれの主張にそれなりの理由があり、また、それぞれがTRIPS協定などの国際協定に違反しているとは言い切れないからでもある。ある意味ではTRIPS協定が曖昧さを残したということができる。

 しかし、ワインについては問題がかなり解決されてきているとみてよいであろう。これは、TRIPS協定が成立する前からECと新世界のワインの輸出国との間で交渉が鋭意行われ、解決のための努力の積み重ねの結果でもある。たとえばワインについての追加的保護はTRIPS協定より前に主要関係国間で合意されていた。しかし、一番大きな要因は、アメリカにしても、オーストラリアにしても自国の産地が発展し世界にも知られるようになってきており、もはや、ヨーロッパの産地名を使用する必要性がうすれていることである。ワインについて今後は伝統的表現の使用についてヨーロッパの規制を緩める要求が強くなっていくと思われる。

チーズはワインと事情が異なると思われる。チーズの名称は、ヨーロッパの名称がチーズのタイプを示すのに便利であり、他の方法でタイプを示す方式があまり発展してこなかった。したがって、ヨーロッパのチーズの名称が世界で多く使われ、今では、一般名称と認識しようという動きにもある。アメリカが主張している複合名称のみを地理的表示として保護するという方式はこの流れに沿ったものである。しかし、これは、ヨーロッパの有名なチーズの産地名称の多くが一般名称として取り扱われるようになっていくことに通じ、ヨーロッパとしては受け入れられない方式であろう。「アジアゴ・ベーグル」の例にも見られるようにその名が使われると「アジアゴ」が一般名称と認識され、「アジアゴ」自体は保護されず、複合名称のみが保護されるようになってしまう。また、アメリカ等はチーズなどに対して追加的保護を適用していないので「カルフォルニア・ロックフォール」あるいは「ロックフォール風」などの名称の使用が可能であり、このような名称が多く使われてくると「ロックフォール」自体が一般名称と認識されるようになってしまう。ヨーロッパはこのような動きを恐れているのである。また、食文化の視点からは、たとえば、「ロックフォール」チーズなどは世界的な知的財産といってもよく、その名称が多くの国あるいは多くの地域で使われると「ロックフォール」とは何かが分からなくなってしまうということになるおそれもあろう。ただ、品質を維持するためコーデックス規格など国際規格を制定するということも考えられるが、品質が画一化、平準化され、本来のロックフォールの特徴のあるチーズは消滅していくというおそれもある。

以上を勘案すると、「ロックフォール風」などの名称は、「ロックフォール」を一般名称と認識する意味合いがあり、貿易上の混乱を防止するだけでなく、世界の食文化をまもる上からも追加的保護が適用されるべきと思われる。また、現在、二国間協定でチーズなどの地理的表示名称の取り扱いについて合意がすすめられているが、世界では偏りができて国際貿易上混乱を招くおそれがある。多国間の登録制度によって解決していくという方法もあるが、これも容易でないと思われる。ただ、現在WIPO(世界知的所有権機関)が国際登録制度の検討にのり出しているようであり、このような動きにも期待したい。

注(1) 追加的保護

TRIPS協定では、地理的表示の保護について加盟国がまもるべき最低限の保護を規定しており、加盟国は全品目について次の使用を防止する法的手段を確保すると規定している(第22条第2項)。

()商品の地理的原産地について公衆を誤認させるような方法で、当該商品が真正の原産地以外の地理的区域を原産地とするものであることを表示し又は示唆する手段の使用
(
) 1967年パリ条約第10条の2に規定する不正競争行為を構成する使用」

また、ワイン及び蒸留酒については、上記に加え、加盟国は次の使用を防止する法的手段を確保すると規定している。これが追加的保護といわれている。

「真正の原産地が表示される場合又は地理的表示が翻訳された上で使用される場合若しくは「種類」、「型」、「様式」、「模造品」等の表現を伴う場合においても、ぶどう酒又は蒸留酒を特定する地理的表示が当該地理的表示によって表示されている場所を原産地としないぶどう酒又は蒸留酒に使用すること (第23条第1項)。」

注(2) 一般名称

かつては特定の地域を原産とする産品の名称であったが、その名称が多くの者、多くの国で使われるようになり、次第にその名称が産地を意味するというよりは産品のタイプを示す名称として使われるようになり、誰でも使える名称になったものをいう。たとえば、「オー・デ・コロン」は、かつては「ケルンの水」という意味であったが、今では香水のタイプを示す名称になっている。TRIPS協定では一般名称かどうかの判断はWTO加盟国にあるとしている。

注(3) EU・韓国自由貿易協定で韓国が保護することを約束したEUのチーズ

フランス産品

コンテ、ルブロッション、ロックフォール、カマンベール・ド・ノルマンジー、ブリ・ド・モー、

エンメンタール・ド・サヴォワ、

ギリシャ産品

フェタ、

イタリア産品

 プロヴォローネ・ヴァルパダーナ、タレジオ、アジアゴ、フォンティナ、ゴルゴンゾーラ  、グラナ・パダーノ、モッツアレラ・ディ・ブファーラ・カンパーナ、パルミジャーノ  ・レッジャーノ、ペコリーノ・ロマーノ

ポルトガル産品

  Queijo de Sao Jorge

スペイン産品

  Mahon Menorca, Queso Manchego

注(4) コーデックス

 食品に関する国際規格や国際基準を作成するため、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)との合同により1962年に設立された国際機関としての委員会である。「コーデックス委員会」と呼ばれ、現在、参加国は約180カ国に達する。食品の規格等に関する国際調整により貿易の円滑化に資すること及び消費者の保護を目的としている。以前は、強制力のない任意の規格・基準であった。しかし、ウルグアイ・ラウンドで1994年に合意された食品安全等に関する協定(SPS協定)において、コーデックス等の国際機関で定められた規格・基準に合致していれば、加盟国の規格・基準は国際協定上の義務が果たされているものとみなすとの考え方が採用された。これにより、コーデックスの国際貿易における重みが変わった。

注(5)伝統的表現

ヨーロッパでは、シャトー、クリュ、グランクリュ、ヴァンダンジュ・タルディブ(遅摘み)、シュールリなど伝統的に使われてきた表現があり、主として上級酒にのみその使用が認められている。EUはワインに関する規則の制定に伴って、これらの伝統的表現についてEU加盟国間の調整を行い、これらの表現がどの国、どの産地あるいはどのワインに使用できるか確定した。現在では加盟国の申請に基づく登録制になっており、約350伝統的表現が登録されている。

従って、海外のワインがこの伝統的表現を使うのは好ましくないとし、その表現を使ったワインの輸入を原則として禁止している。ただ、ワイン貿易に関する2国間の協定によって一部使用を認めている場合もある。

注(6) クローバックリスト

ワイン等

Beaujolais, BordeauxBourgogne, Chablis, Champagne, Chianti, Cognac,

Grappa di Barolo, del Piemonte, di Lombardia, del Trentino, del Friuli, del Veneto, dell'Alto Adige,

Graves, Liebfrau(en)milch, Malaga, Marsala, Madeira, Médoc, Moselle, Ouzo, Porto, Rhin,

Rioja, Saint-Emilion, Sauternes, Jerez, Xerez

チーズ等

Asiago, Azafrán de la Mancha, Comté, Feta, Fontina, Gorgonzola, Grana Padano,

Jijona y Turrón de Alicante, Manchego, Mortadella Bologna,

 Mozzarella di Bufala Campana, Parmigiano Reggiano, Pecorino Romano,

Prosciutto di Parma, Prosciutto di San Daniele, Prosciutto Toscano, Queijo São Jorge,

Reblochon, Roquefort

             

参考文献

・ 諸外国の地理的表示制度及び同保護を巡る国際動向に関する研究、2012年、(社)日本国際知的財産保護協会

・地理的表示・地名等に係る商標の保護に関する調査研究報告書 2011,(財)知的財産研究所

・「地理的表示の保護制度について」、農林水産政策研究所、2012

・「ナチュラルチーズ図鑑」、(社)中央酪農会議、(社)日本酪農乳業協会

・「商標と異なる独自の地理的表示」、髙橋梯二、知財研フォーラム     VOL.86 16, 2011

・「地理的表示における各国の法的対応と日本の課題」高橋梯二、法律時報   2010828

・「Panel report of WTO, WT/DS/174/R, 15 March,05

・「La sécurité et la qualité des denrées alimentaires, Etude comparée, Japon,-UE-Etats-Unis Teiji Takahashi, Atelier national de la diffusion des thèses, 2011

・「Une décision de l'organe de règlement des différends de l'OMC, Quels impacts pour la protection internationale des indications géographiques?, Delphine Marie-Vivien et Erik Thévenod-Mottet, Economie rurale, Numero 299, 07 高橋梯二訳、農政調査委員会 のびゆく農業

・「Are Geographical Indications a Valid Property Rights?Héiène Ilbert andMichel Petit, 09, 高橋梯二訳、畜産技術協会

・「
EU-South Korea Free Trade Agreement, A quick Reading Guide, 2010,高橋梯二訳 畜産技術協会

Free trade agreement between the EU and the South Korea 2010

Council RegulationECNo 479/2008 of 29 April 2008 on the common organization   of the market in wine

Council RegulationECNo 510/2006 of 20 March 2006 on the protection of      geographical indications and designations of origin for agricultural products and       foodstuffs

Agreement between the European Community and the United States of America on   trade in wine 2006

Agreement between the European Community and Australia on trade in wine2008