FAOに本事務所の6年― 第2

北朝鮮食の料危機への対応

                       高橋 梯二

                      前FAO日本事務所長

日本事務所が199710月に設立されてから人員の確保や管理手続きの確立などの事務体制が整備される前に、較的早く対応しなければならなかったのが北朝鮮の食料問題である。

1北朝鮮の食料危機の発生と食糧援助の開始

北朝鮮では1980年代後半から90年代前半にはとうもろこしと米を中心とする穀物生産が700から800万トン程度あった。しかし、91年のソ連の崩壊以降のロシアからの支援の減少とエネルギー不足などが農業生産にも悪影響を及ぼし、生産の後退が懸念されていたが、天候不順を契機としてそれが一気に表面化した。

95年には、6月から8月にかけ、洪水被害があったことから穀物生産が約400万トンに減少し、食料不足が深刻になった。北朝鮮政府は、95年から本格的に国際社会に対して食糧援助の要請を始め、日本に対しても95年春食糧援助要請を行った。国連ではFAOが北朝鮮政府の要請に基づき、同年12月にWFP(世界食糧計画)と合同で食料事情調査ミッションを派遣した。調査団は、穀物の不足量は年間190万トンで、商業輸入や食糧援助によってカバーされない純不足量が115万トンにも達すると発表した。

日本政府は、北朝鮮の危機的な食料不足の状況を勘案し、人道的観点から50万トンの米の食糧援助を決定した。日本国内ではこれを契機として、北朝鮮の食料事情に関する関心がたかまったが、北朝鮮政府は公式には食料の生産と消費に関する統計は公表しておらず、また、国交も回復していないので、日本での情報は極めて限られたものであった。唯一の公式な統計情報はFAOで作成・公表する統計であり、また、不足量の情報は、95年以降毎年2回行われることになったGIEWSによるFAO/WFP調査ミッションの報告書のみであった(注参照)。

アメリカでも北朝鮮の食料問題への対応策を検討し始め、9512月のFAO/WFP調査ミッションの団長を務めたFAOのラシッドGIEWS担当課長を下院外交委員会アジア太平洋小委員会に招致し、北朝鮮の食料問題について証言を求めた。963月ラシッド課長は、証言を行い、政治的に問題はあっても、人道的観点から食糧援助等の支援を行うべきことを強く訴えた。日本政府も96年の後半にラシッド課長を日本に招き、関係者で意見交換を行っている。その後95年から96年にかけ日本、アメリカ、中国などが食糧援助を開始した。

 

注:GIEWS FAO/WFP食料事情調査について

FAOでは、FAOSTATほかに世界の食料の需給や不足の状況を迅速に伝え、必要な場合には、世界に早期の警報を発し、予防措置や食糧援助などの救済措置を国際社会に促す「世界食料情報早期警報システム(GIEWS)」がある。この制度は、キッシンジャー当時のアメリカ国務長官の提唱で開催された1974年世界食料会議で日本から提案され、1975年に設立された。

GIEWSのシステムでは、加盟国からの情報のほか、METEOSATUS NOAASPOT-の衛星からのデータなどを利用して気象、生育状況などをモニターし、また、国際的な研究機関やNGOからの情報も加味して、食料不足の状況を分析する。特に、自然災害や戦乱などによって大幅な食料不足や飢餓の発生が予想される国については、WFPと共同で現地に調査ミッションを派遣し、緊急に必要とする食糧援助量などを把握している。調査結果は、UNICEF(国連児童基金),UNHCR(国連難民高等弁務官)など国連諸機関が共同で行う緊急救済対策の基礎資料としても利用される。WFPは、これに基づき、食糧援助をドナー国に要請することになっている。

GIEWSで提供される情報は、@年4回の世界食料需給見通し(Food Outlook,A緊急な食料不足の発生に関する早期警報(Early Warning)、B食糧援助の必要性が予測される国に関するFAO/WFP合同調査特別報告(Special Report)(200313カ国、200222カ国調査)、C年3回の作物生産と食料不足報告、D年3回のサブサハラ食料供給状況と作物生産見通し及びE年4回のサヘルの天候と作物生産状況報告である。

2 FAO/WFP調査団団長の来日

9710月に日本事務所が開設されてから、早々、日本政府、自由民主党、マスコミ等関係者が国連の情報に強い関心を示していること、また、FAOが北朝鮮の食料事情の情報把握に大きな役割を果たしていることについての情報をえた。

FAO/WFP調査ミッションが986月初旬に北朝鮮に派遣されるとの知らせをうけ、日本事務所は、ラシッド団長が調査終了後東京に立ち寄り、北朝鮮の最新の食料事情を日本の関係者に説明することが、日本からの協力を得るのに役に立つと判断した。日本事務所は、早速、FAO本部に対し、ラシッド団長の日本訪問を依頼した。ローマでは本部より先になぜ日本に報告しなければならないのかなどの議論はあったが、官房決済となって了承された。ただ、日本への報告は、非公式なものとして行われることになった。

ラシッド団長の最初の日本訪問は、98616日から20日までであり、以降、原則として北朝鮮での春と秋の調査終了後、毎回日本に立ち寄ることになった。訪問は、2001年まで合計7回に及んだ。2002年にはラシッド課長の後を継いだFAOのグンジャル合同調査団長が来日した。日本では、外務省、農水省、内閣官房、自民党などに説明したほか、マスコミとも必要に応じて懇談会を開催した。

3 北朝鮮の食料不足の状況

ラシッド団長が最初に訪問した頃の98年当時は、下のグラフで見ても分かるとおり、穀物生産はさらに300万トン程度に落ち込み、北朝鮮の食料事情は危機的といえるほどであった。当時は、北朝鮮の食料危機を伝える断片的な情報が多くあり、たとえば、97年ワシントンポストの 記者が北朝鮮の孤児院を訪問したときの報告として、孤児の20%は両親が栄養失調か病気で死亡したため孤児になり、残りの30%は貧困と飢餓から両親に見捨てられ、死ぬに任せられた子どもであると報道している。982月の香港からの情報として人口のほぼ10%に当たる200万人が飢餓などで死亡し、何千人も中国に逃げ込んでいるなどと報道された。

国連では、客観的かつ中立的な立場から、できるだけ正確な情報の把握に努めた。ラシッド団長は、日本側からの質問に対し、調査団が訪問できる地域は限られているものの、北朝鮮では、食料を求めて人々が移動(国内難民)するとか路上に餓死者を見かけるというようないわゆる飢饉は、観察されないとの答えを堅持した。

1999年時点でのFAO/WFP調査報告書によると、人口2250万人のうち約660万人の農家人口は共同農場等(共同農場3.8万、国営農場180)から食料を配給され、残りの約1600万人は政府の配給の対象になっている。国連では、最低の必要量を1日一人当たり460g程度としているが、北朝鮮政府の公式発表による9811月から999月までの配給量は、11351g、12340g1222g2236g3月から6月まで各月174g、7月から9月まで各月363gであった。しかし、実際には、配給は3又は4月から次の収穫があるまで停止していた。

配給停止期間は、今まで貯めておいた食料、自家菜園(農村部で100uが認められている。都市部は1/333u)で作った食料、代用食、農村の親戚等からの仕送りなどでしのいでいたといわれる。

98年の秋の収穫はやや回復したものの、2000年になると、干ばつにより再び生産が減少し、穀物生産は257万トンに落ち込み過去最低となった。

北朝鮮の農業生産は、主要穀物の2/3は平安北道、平安南道、黄海南道、黄海北道、平壌で生産されている。とうもろこしやじゃがいもはほぼ全道で生産されているが、主要生産地域以外は食料の不足が一段と厳しい状況である。北朝鮮の近年の農業生産低下の原因は、天候不順もあるが、基本的には、土壌の劣化、部品などが供給されないことによる農業機械の稼働率の低下と老朽化、国内肥料生産の大幅な減少、灌漑施設の老朽化とエネルギー不足による灌漑揚水の低下などにあると国連では分析した。

資料:FAO/WFP北朝鮮食料事情特別報告200310

 

    資料:FAO/WFP北朝鮮食料事情特別報告20010

4 食糧援助と国連の食料増産支援

日本は、北朝鮮への食糧援助を95年以来ほぼ毎年行ってきている。特に95年の最初の年と2000年の大幅な不足の年にそれぞれ50万トンに及ぶ食糧援助を行っている。95年当時は日本事務所がなかったので、国連の関与がどのようであったか分からないが、2000年の際は、ラシッド団長が7月に訪日し、政府及び自民党等に対し、干ばつの影響による大幅な減産の観測を伝え、食糧援助への配慮を依頼した。8月下旬の日朝正常化交渉において日本政府は、北朝鮮からも強く要請され、10月初旬50万トンの食糧援助を決定した。ラシッド課長の1021日からの訪問の際には、北朝鮮の確定した穀物生産量と大幅な不足の情報を日本に伝え、日本政府の食糧援助決定に謝意を表した。

98年に北朝鮮に対する日本の食糧援助がないのは、同年はインドネシアに対して貸付けを含む70万トンの食糧援助を行ったからであろう。このインドネシアへの食糧援助のときから日本政府は長期貸し付け方式を導入した。日本政府の北朝鮮への食糧援助の決定に当たっては、野党のほか自民党内、政府内で色々な議論があったと聞いている。

日本政府及び自民党は援助による食糧が本当に必要としている人々に渡っているのかについての関心が高かった。食糧援助実施機関であるWFPは、援助食糧の配布等について監視するWFPの職員のアクセスが保証される郡を拡大してきており、全国206郡のうち162郡がアクセス可能となっている(軍事施設などがある郡が除かれている)。また、アクセスが保証される郡以外はWFPの援助食糧の配布は行わないことにしている。WFPは国内に5箇所の地域事務所を配置し、45名の国際職員と数十名の現地スタッフで監視活動を続けている。しかし、北朝鮮政府は援助食糧を受け取っている機関の完全なリストをWFPに提供しないなどのいくつかの問題もある(2003年現在)。

国際社会は、北朝鮮の食料不足には比較的配慮を払い、95年以来下表に見られるように50万トンから150万トンの食糧援助を毎年供与してきている。

北朝鮮への食糧援助(穀物)

        

 

 

 

 

 

 

単位: 千トン

 

援助国

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

 

日本

500

18

67

 ―

19

371

210

  ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ

9

92

148

614

462

140

298

119

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国

  ―

170

120

170

213

428

40

258

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全世界

734

50

831

1036

89

1542

1070

975

 

資料:FAOSTAT、援助決定ベースではなく実施ベースの数量

注:千トン単位で百トンの桁を四捨五入

一方、農業復興にいては、食料不足が表面化した年の翌年の96年からFAOUNDP(国連開発計画)は、穀物生産の増大を図るため、主作の米又はとうもろこしと組み合わせた春大麦、冬小麦又は春じゃがいもの2毛作プログラムを導入した。しかし、冬季が長い北朝鮮では二毛作は、播種や刈り取りなどの作業を迅速に行う必要があるが、農業機械の稼働率が悪かったこと、早熟の品種が十分開発されていなかったこと、じゃがいもについて優良種子の確保の体制がなかったことなどから急速な進展はみられなかった。しかし、97年から2003年までの5年間で2毛作の栽培面積は4haから21haに増大し、生産量も穀物換算で47万トンになった。

 FAOは、北朝鮮の農業回復なくしては、毎年100万トンに及ぶ食糧援助に頼らざるを得ないとして、抜本的な農業復興支援の必要性を訴え続けたが、ドナー国の反応はにぶかった。日本も食糧援助以外に北朝鮮を支援できる状況になかった。

5 日朝首脳会談

20029月小泉首相は金正日北朝鮮国防委員長と電撃的に会談し、日朝平壌宣言が発表された。宣言には、北朝鮮への経済協力については、国交正常化の後、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施することとし、正常化交渉において具体的な規模と内容を協議することが述べられていた。

FAO日本事務所は、直ちにこの情報を本部とバンコクの地域事務所に送り、日本の経済協力の初期の段階においてはFAOなどの国際機関を通じた援助が重要になるであろうことなどを伝えた。

これに対し、カルサラード技術協力局長は、必要があれば11月にも日本を訪問したいので、今後正常化交渉の進展のなどについて逐次報告せよとの返答があった。また、国連本部でも人道支援を調整するOCHAが支援国会議の開催を計画しているとの情報も伝わってきた。今まで進展してこなかった復興支援が本格化するのではないかとの期待が国連内では一気に高まったのである。

しかし、拉致被害者のうち生存者5名、死亡者8名という北朝鮮の報告が明らかになると、日本国内では、拉致問題の解決なくして正常化交渉はありえないなどの意見が強くなった。また、その後、北朝鮮が核施設の稼動と建設の再開の計画を表明したことによって、日朝正常化交渉は、1029及び30日にマレーシアで再開されたものの、その後進展しなくなってしまった。他のドナー国も北朝鮮への支援にセーブをかけ始めた。

6 穀物生産の回復

2001年になると適度の降雨があり、天候が比較的良好であったこと、政府が農業生産の増大に力をいれ、予算を増額させたこと、種子、肥料、農薬等の資材が適時に供給されたことなどにより、穀物生産が回復した、また、森林伐採の防止や急傾斜地での栽培の禁止などによる土壌流防を抑制する効果が出始めた。2002年及び2003年も天候の悪化は見られず、生産をやや増大させ、2003年には穀物生産は420万トンとなった。また、従来からあった農民市場が正式に認められ、主食以外の野菜、じゃがいもなどが売られている。200310月のFAO/WFPの報告書では、共同農場等に属する農民は1日一人当り600gが確保され、配給制度は政府の見通しでは300g67月を除いて可能としている。しかし、国連が目安としている11人当たり穀物で1600kcal(年間一人当たり167kg、一日458g)を摂取するには、依然として国内生産量に100万トン近い不足が生じている。



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