FAO日本事務所の6年(第3回)

小渕元総理へのアグリコーラダメダル授与と第25回アジア・太平洋地域総会

                           
元FAO日本事務所長
                                         橋 梯二

1 日本でのFAOアジア・太平洋地域総会開催の決定

日本事務所の設立から半年ほど経過した1998年春、当時の全中高野常務から2000年に予定されるFAOのアジア・太平洋地域総会は日本で開催するよう農水省に働きかけて行きたいとの話があった。1994年に終了したウルグァイラウンド後のWTO交渉が本格化していく中で、日本での開催は、アジア諸国と日本との連携を強めていく上で一助になるという考えもあり、また、FAO日本事務所が設立されたことも日本での開催の理由でもあったと思われる。

FAOの地域総会は、偶数年(本部での総会が開催されない年)にFAO5つの地域事務所別に開催されるもので、地域のFAO加盟国、国際機関、NGOなどが参加し、地域における世界食料サミットの目標の進捗など食料安全保障の達成状況と加盟国の努力の評価を行い、また、今後取り組むべき課題等について議論する場である。地域総会の結果は、翌年のFAO理事会と総会の議論に反映されることになっている。地域総会はFAOの地域事務所が開催するが、開催場所は加盟国の持ち回りで、開催地の国がホストとなって地域事務所と連携して開催される。

高野全中常務は、原田会長の意向を受けて当時の堤農水省経済局長等と相談した。2000年の日本での開催の可能性をかねてより考えていた日本政府も全中の申し入れに同意し、日本政府内での調整に入った。19984月ミヤンマーで開催された第24FAOアジア・太平洋地域総会で日本政府代表を務めた矢野農水政務次官が日本での開催の可能性について発言した。他の国から地域総会を招待したいとの提案がなかったので、第25回地域総会は日本で開催される可能性が高まった。日本では195810月東畑精一農林大臣のときに、また、世界食料会議があった19749月倉石忠雄農林大臣のときに東京で開催されており、2000年の日本での開催は26年ぶりであった。

 日本政府は翌19997月に日本が地域総会を招待したいことを、また、8月には開催日は2000828日から91日まで、開催地は東京エリア(横浜)としたいことをFAOに正式に通知し、日本での開催が決定した。

2 小渕総理に対するアグリコーラメダルの授与

20003月ごろFAO本部から、FAOで最も権威のあるアグリコーラメダルを小渕総理に授与したいので、日本政府に打診せよとの指令が来た。メダル授与の理由は、小渕総理は、新世紀に向かって新たなビジョンの構築につとめ、国際協力面では、人間の安全保障を日本の重点課題とし、飢餓、貧困などの抑圧から人類を守ることに力を注いでいるということであった。

指令を受け、外務省、農水省及び総理秘書官に相談した。アグリコーラメダルには総理の顔の映像のほか総理が重点を置いた食料政策に関する標語を刻印することになっているので、適切な標語についても日本政府と検討した。その結果、標語は、「食料は、人間の安全保障の基礎 Food- Basic for Human Security」が適当であろうということで本部に連絡した。しかし42日小渕総理は病に倒れ、意識の戻らぬまま、514日亡くなられた。

68日に政府と自民党の合同葬儀が行われることになり、国連機関も招待されていると本部に伝えたところ、ディウフ事務局長自身が出席するとの返答であった。当日、事務局長は、朝740分成田着、1130分谷津農水副大臣との昼食、130分日本武道館での葬儀参列、献花、410玉澤農水大臣との会談、5時東JICA副総裁との夕食、610分迎賓館で小渕夫人等への挨拶を終え、10時成田発という忙しい日程であった。

その後、しばらくしてから、FAO本部より故人であってもアグリコーラメダルは授与するとの確認の連絡が本部よりあり、日本政府と相談した結果、横浜での地域総会の機会に贈呈式を行うことを決定した。

人間の安全保障と小渕総理

人間の安全保障の概念は、UNDP(国連開発計画)の1994年版人間開発報告書で打ち出されたものである。その目的は、国家による安全保障というよりは、人間の生活に焦点を当て、貧困、飢餓、戦乱などの脅威から生活を保護し、また、人間の開発などを通じて生活の安定と改善を図ろうとするものである。軍備を持たない日本としては、この人間の安全保障を日本が推進すべき外交の重点として捕らえ、国際社会への貢献を図ることとした。199812月小渕総理は、アジアの指導者が参集した会合やハノイにおいて人間の安全保障の考え方と日本の取り組みについて発表し、5億円を国連に拠出して「人間の安全保障基金」を設立した。以後、2003年までに日本政府は同基金に合計228億円拠出している。

小渕総理の後を引き継いだ森総理は、20009月ニューヨークで開催された国連ミレニアムサミットでの演説で人間の安全保障基金の拡充を発表し、また、人間の安全保障委員会の開催を呼びかけた。この委員会は緒方国連難民高等弁務官とセン ケンブリッジ大学教授が共同議長を勤めることとなり、第一回会合が20016月に開催されて以来5回の会合が行われ、20032月に最終報告がまとめられた。

FAOは、人間の安全保障基金から、東チモール、スーダン、コンゴ、ウガンダ、エチオピア、ミヤンマーなどの農業復興プロジェクト、カンボディアの食料安全保障特別事業、ガーナ及びシエラレオーネのネリカ米の普及事業などに対する支援を受けている。

3 地域総会の準備

(1)議題及び政府とFAOの分担等の確定

地域総会の準備は、主としてバンコクのFAOアジア・太平洋地域事務所と日本政府との間で行われ、999月の東京での会合から本格化した。以降、3度のバンコクからのミッションの訪日、数回の農水省及び全中からのバンコクへの訪問などを通じて協議が行われた。20001月に田原農水省国際協力課長がバンコクを訪問したころには、地域総会の議題、議事方法、FAOと日本政府との事務分担が明確になった。

会議は、高級事務レベル会合を828日から30日まで開催し、議題は、@持続可能な農業開発の推進と貧困緩和、Aバイオテクノロジー、B世界食料サミットフォローアップとする。続いて、閣僚レベル会合を831日及び91日に開催し、議題は、@各国の食料・農業問題に関するステートメント、A世界食料サミットのフォローアップと高級事務レベル会合の報告と決まった。また、食料・農産物の域内貿易に関する会合を地域総会と平行して開催することをFAO本部が提案してきた。日本政府は、アジア諸国からの市場開放要求の場になるのではないかと懸念し、当初は開催に反対であったが、貿易交渉の場でないことを確認し、830日に開催されることになった。また、もうひとつの平行会議としてNGO/CSO会議を28及び29日に開催することとなった。

会議への参加国と参加大臣が確定したのは会議の直前であったが、アジアから21カ国、太平洋地域から11カ国が参加し、そのうち大臣及び首脳は18カ国から出席することとなった。

準備会合を重ねるに従って、会議の方法及び議題のほか、地域事務所、日本政府及び日本事務所の責任の分担が明確になってきた。地域事務所は会議の招集、議題のドキュメントの作成及び会議の進行などを、日本政府は、会議場及び事務機器の提供と設置、参加大臣等の送迎などを担当することになった。しかし、会議の議長は日本政府の要人なので日本政府は会議の内容、進行などについても地域事務所と密接に協議して決めていくことになった。日本事務所は、FAO事務局長の日程作成など事務局長に関するすべての事項、FAOからの参加者(38名)のアテンドなどを担当することとなった。さらに、地域総会が終了した翌日の92日、横浜市でアジアの食料問題に関するシンポジウムが、また同日夕刻テレフードコンサートが渋谷で開催されることになったのでこれらについては日本事務所の担当であった。また、全中は、地域事務所と協議しつつ、NGO/CSO会合に関するすべてを担当することとし、主要参加者の招待も行うこととした。

(2)日本事務所の準備

ディウフ事務局長は、大臣会合での冒頭と最終の演説のほかは、滞在中、主として、参加国の代表との個別会談及び日本の関係者とのバイの会談を予定していた。日本事務所が心配したのは、総理との会談が可能なのか、30を超える参加国の代表との会談を3日間の間にどのようにしてセットできるのかなどであった。また、北朝鮮からの参加者の日本への入国の許可申請など北朝鮮の代表にかかる事項は、日本が外交関係を持たないので、日本事務所が行うことになった。

さらに、FAO本部からは地域総会のロジの責任者は日本事務所長であること、また、バンコクからは大臣クラスの参加者に対してはFAOを代表して日本事務所からも飛行場での送迎をせよとの指令を受けていた。しかし、日本事務所はこれらの指令を引き受ける人的余裕はなかった。

日本事務所は、まず、この地域総会に備えて、人員体制の拡充を図ることとし、かねてより懸案であった次長の採用を急ぎ、20003月に正規職員として採用した。国連の専門職P4の採用手続きをとった。また、本部に依頼して予算を確保し、正規の職員でない特殊の雇用契約で事務職職員を4月に採用した。かくして、日本事務所はアルバイト1人を含め6人体制で地域総会に臨むことになった。

  特殊の雇用契約(コンサルタント契約)

国連機関では正規の職員の雇用のほか、特殊な契約による雇用制度がある。国連機関は、緊急事態に対する措置、特殊な専門分野での調査、国際会議の開催、政策調整・提言などを迅速に行う必要が生じることが多い。これらには、正規の職員のみでは、十分な対応ができないので、必要な専門知識と能力を持つ人材を臨時に雇用する個人雇用契約制度がある。いわゆるコンサルタント契約と呼ばれ、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、11ヶ月など雇用期間を必要に応じ自由に決めることができる。国連機関ではコンサルタントとしての雇用はかなり多い。

FAOではこの契約を個人雇用契約(Personal Service Agreement)と呼び、最長は11ヶ月である。契約を更新することが可能であるが、最長4年が限度とされている。コンサルタントは、国際コンサルタントと現地コンサルタントとに分類され、国際コンサルタントは所得税等の免税の特権が適用になる可能性がある。また、コンサルタントは専門的な業務に従事することが想定されており、事務職では期間の限度が6ヶ月とされている。FAOでは、採用は現地で行い、給与、条件等も現地で決められるが、契約自体は、現地の提案に基づいて本部が本人と締結する。

なお、派遣社員は、この個人雇用契約ではなく、派遣会社からの便益の提供を受ける契約とみなされている。以上のほか、アルバイトの制度(Temporary Assistance Service)があるが、これも個人雇用契約とみなされていない。現地限りで雇用できるが、期間の限度は1年のうち6ヶ月である。

準備段階で生じた問題のひとつは、北朝鮮代表団の入国許可の取得が期日に間に合うかであった。申請に当たっては、写真などが必要であるが、北朝鮮に連絡を取ることはできず、バンコクの地域事務所の北朝鮮出身の職員や北京のFAO事務所などを通じて入手した。法務省の許可が下りたのはぎりぎりで、北京で大阪行きの飛行機を待つ代表団に手交された。

4 地域総会の開催

(1)    高級事務レベル会合

 828日からの高級事務レベル会合は熊澤農水審議官が議長であった。議題の3項目について議論されたが、アジアでは食料事情は改善されてきているので、食料の安全保障の問題よりはWTOを中心とするグローバリゼーションにどう対応していくのか、また、置き去りにされがちな貧農をどのように救済していくのかなどに関心が強かった。農業の多面的機能については多くの発言があったが、意見の一致が見られなかった。また、バイオテクノロジーについては安全性の確保について適切に対処する必要があるとしつつも、FAOは積極的に政策助言などを行い、その発展に寄与すべきとの意見が多かった。世界食料サミットの目標の2015年までの栄養不足人口半減については、その進捗状況ははかばかしくなく、FAO及び加盟国は取り組みを強化する必要があるとの意見が多かった。参加国からのこれらの発言が取りまとめられ、報告書が作成された。

 30日の夕刻のディウフ事務局長のレセプションの際に、小渕総理のアグリコーラメダルの授与式がレセプションの参加者も交えて行われた。谷農水大臣に受け取っていただいた。谷大臣は、後日、群馬の小渕邸を訪問され、メダルを届けていただいたとのことである。

(2)大臣会合

31日朝、大臣会合に先立ってディウフ事務局長の森総理への表敬が行われ、事務局長は地域総会に対する日本政府の協力に感謝するとともに、小渕前総理のアグリコーラメダルを贈呈した。また、2001年に行われる世界食料サミット5年後会合への総理の参加を依頼した。

注 アグリコーラメダルは、金、銀及び銅で多数鋳造しておき、購入を希望する人には販売する。

 大臣会合は、ディウフ事務局長の挨拶とステートメントで始まり、続いて、森総理から挨拶があったが、冒頭、総理はかなり長い間、小渕前総理の思い出を述べられた。この後、議長である谷農水大臣の進行で会合が進められ、参加国からのステートメントが順次なされるとともに、高級事務レベル会合、平行会議の食料・農産物域内貿易に関する会合及びNGO/CSO会合の報告がそれぞれの議長からなされた。

5 NGO/CSO会合

28及び29日のNGO/CSO会合には、30カ国のNGO等が参加し、合計250名の参加があった。議長は原田全中会長が務め、世界食料サミットのフォローアップやNGO/CSOFAOとの協力関係について議論が行われた。議論は、@資金や生産資源を女性も平等に活用できるようにすること、A食料安全保障にとって食料自給率の向上が第一義的な目標、B農業の多面的機能の認識は、貧困の撲滅や食料安全保障の基礎となるべき、C農業が商業化、集約化し、大経営や多国籍企業が利益を受けてきたという問題、D農地改革の断行は不可欠、E食料の緊急事態に備える必要、に集約され、報告書がまとめられた。

6 ディウフ事務局長のバイの会談

(1)  地域総会参加大臣との会談

ディウフ事務局長は、30日、31日及び91日の3日間で参加32カ国のうち28カ国の大臣又は代表と個別会談を行った。そのうち会談した大臣は、谷農水大臣のほか、フセイン モルディブ農林漁業・海洋資源大臣、シュッツ キリバス天然資源開発大臣、 ジョンスイルク マーシャル諸島資源開発大臣、シェン ラオス農林大臣、 ニュン・ティン ミャンマー農業潅漑大臣、レ・フィ・ウォ ベトナム農業・農村開発大臣、韓 韓国農林部長官、アンガラ フィリピン農務長官、エフェンディ マレーシア農業大臣、プラパット タイ農業・協同組合大臣、チョウドリー バングラデッシュ農業大臣、ウルカララ トンガ首相兼農林水産大臣、ニティッシュクマール インド農業大臣、ドルジ ブータン農業大臣、ジャモート パキスタン食料農業畜産大臣、タフィツ ニウエ農林水産大臣であり、30分程度の短い時間であったが、参加18大臣のうちサモアの大臣を除く17大臣と個別に会談した。

(2)日本の関係者との会談

また、ディウフ事務局長は, 森総理への表敬のほか、828日から91日までの間、熊澤農水審議官、原田全中会長、桧垣農業会議所会頭、張トヨタ自動車社長、高秀横浜市長、中川自由民主党貿対委委員長、石破農水副大臣、本村外務省経済局審議官、天野外務省社会協力部審議官、海老沢NHK会長、山野井味の素副社長、谷津議員夫妻、東JICA副総裁、谷農水大臣、松本FAO協会会長との会談を行った。このように、政府関係者のほか民間の要人とも積極的に会談した。


    
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