アフリカの農業・農村開発に関する日本とFAOとの協力(その5)

                       前 FAO日本事務所長

                              高橋 梯ニ

1サハラ以南アフリカの深刻な食料不足

世界で深刻な食料不足に直面しているのは、サハラ以南アフリカである。現在、約2億人が慢性的な食料不足で、3人に一人が日々の食料を十分摂れないでいる。摂取カロリーは、一日当たり2,052kcalでしかない(先進国3380 kcal)(97−99年平均)。また、この地域は、干ばつや洪水に見舞われることも多く、さらに、内乱や戦争が多発しており、これらを原因とする極度の食料不足が発生することも多い。現在、緊急の食糧援助を要請している国は24カ国もある。

 食料のみでなく、貧困人口の割合も高く、エイズが蔓延しており、1985年以降、700万人の農業労働者がエイズで死亡したとFAOは推計している。

食糧援助等を必要とするサハラ以南アフリカ諸国

24ヶ国(2004年3月)

資料:FAO GIEWS Countries facing emergencies March 2004

アンゴラ、ブルンジ、ケープベルデ、中央アフリカ、コンゴ民主共和国、コンゴ共和国、コートジボワール、エリトリア、エチオピア、ギニア、ケニア、レソト、リベリア、マダガスカル、モーリタニア、マラウィ、モザンビーク、シエラレオーネ、ソマリア、スーダン、スワジランド、タンザニア、ウガンダ、ジンバブエ

2日本政府のアフリカ対策への取り組み

先進国は、アフリカのこのような窮状を放置しておくのは、世界の平和と安定にとって好ましくないとの認識から、G8サミット等でアフリカ対策が議論されるようになった。2001年7月のイタリアでのジェノヴァサミットでは、「アフリカのためのジェノヴァプラン」が採択され、2002年6月のカナダのカナナスキスサミットでは、「G8アフリカ行動計画」が、2003年6月のフランスでのエビアンサミットでは「アフリカにおける飢餓に対する行動計画」が採択された。これら、一連の行動計画の中で、食料安全保障が貧困軽減のためにも重要であるとされた。

 日本としてもG8の一員としてアフリカ対策に貢献する必要があり、1993年から東京アフリカ開発会議(TICAD)を国連等と共同で主催していたが、2001年1月、森総理が日本の現職総理として初めてアフリカを公式訪問し、ケニアで「アフリカ問題の解決なくして21世紀の世界の安定と繁栄はない」との発言があった頃から、アフリカ対策が日本としてさらに強化していくべき国際協力と位置づけられたと思う。

 2002年6月のカナダカナナスキスG8サミットを控え、また2003年の東京でのTICAD IIIをにらみ、日本政府としてもアフリカ対策の目玉を模索していた。日本事務所は2001年頃から、アフリカの飢餓からの開放についてFAOと日本政府で連携してきることはないか、外務省開発途上地域課、アフリカ第2課及び農水省国際協力課などと協議を続けた。

3ネリカ米

2002年になり、日本のアフリカ協力の目玉の一つはネリカ米であろうということで関係者の意見が一致してきた。日本政府はネリカ米の普及に果たすFAOの役割を認め、FAOが普及プロジェクトを提案するのであれば、人間の安全保障基金から資金支援をする用意があるとの回答を得た。日本事務所は、早速、プロジェクトの構想の打ち合わせのため本部の専門家を日本に派遣するよう要請した。

20028月に本部農業局トラン稲作専門官が来日し、日本政府との協議を行った結果、FAOは、ガーナとシエラレオーネにおけるそれぞれ1億円規模のネリカ米普及プロジェクトを提案することが決まった。JICAとはネリカ米の種子生産と栽培の普及の分野で互いに協力していくこととなった。


ネリカ米について

米は西アフリカ地域で年間、生産が約500万トン、輸入が約300万であり、消費量も年々伸びている。米を主食とする国もある。そこで、米の生産を増加させるため、西アフリカ地域で栽培面積の約80%を占める天水稲作に向く米の品種改良が西アフリカ稲作開発協会(WARDA)によって始められた。1990年代に、アフリカ原産の稲の耐病性、雑草競合性を持ち、かつ、アジア稲の高収量性を持つ両品種の種間交雑による稲が開発された。この稲はネリカ(New Rice for Africa)と呼ばれるようになった。ネリカ稲は、また、生育期間が90日から110日と短く、蛋白の含有量も多いという特性を持っていた。収量については、肥料に対する反応がよく、十分肥料を与えれば3トン/haを上回る(従来の稲は約1トン/ha)とされている。

 WARDAの開発には、日本政府がUNDPを通じた資金的支援を行い、技術的面では国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の研究者の参加などの協力が行われた。民間では、笹川アフリカ協会は、ギニアで既にネリカ米の生産指導を行っていた。

 20021月には、WARDAが中心となり、西アフリカのベニン、コートジボワール、ギニア、ナイジェリア、トーゴ,マリ及びガンビアから構成されるネリカ米の開発と普及を推進するアフリカ米計画(African Rice Initiative)が策定された。FAOはこれら一連のネリカ米の開発に十分には参画していなかった。

 

これとほぼ時を同じくして、日本政府は、ネリカ米の支援を日本のアフリカ農業協力の目玉として内外に発表していくこととし、カナダのG8サミット直前の6月20日、小泉総理は、在京のアフリカ大使との懇談会において次のように演説した。

「私は、アフリカに真の「緑の革命」を起こしたいと考えています。いま、アフリカの一部ではアフリカ米とアジア米を交配した新しいタイプの稲である「NERICA米」の開発・普及が進められています。食料安全保障の向上に貢献することを期待し、日本はこれに協力しております。NERICA米は、アジアの開発経験を基にした、新しいアジア・アフリカ協力を代表するものです。」

4アフリカ諸国とFAOの取り組み

これより前から、アフリカ諸国においても自らの力で経済の発展をなし遂げていこうとする動きが出てきており、200110月にはアフリカの経済・社会開発に関する戦略的、かつ、総合的な計画である「アフリカ開発新パートナーシップ(NEPAD)」が採択された。

アフリカは、約200億ドルの食料を輸入し280万トンの食糧援助を受けている。労働人口の60%以上が農業部門に従事している。国民生産の17%は農業部門が担っている。アフリカ諸国の首脳は、これらの事実を考慮し、アフリカにおいて、飢餓が軽減され、農業生産の拡大によって、輸入が減少しない限り、NEPADが期待する高い経済成長は望めないとし、農業開発をNEPADの重点項目のひとつとした。NEPADでは、「アフリカは農業技術の恩恵を受けておらず、食料を海外に依存している。このことは、アフリカ大陸に存在する広大な土地やきわめて多くの河川などの農業資源を勘案すると容認できない」との基本的な考え方が述べられている。

22回FAOアフリカ地域総会で、アフリカの農業担当大臣は、NEPADの枠組みの中でアフリカの農業関連政策を具体化することの決議を採択した。この決議を受け、FAOとアフリカ諸国は共同して作業を進め、2002年6月の世界食料サミット5年後会合の機会に「総合的アフリカ農業開発プログラム(CAADP)」案が取りまとめられた。

このプログラムは、4つの柱に焦点を絞って、2005年までに年額179億ドル、総額2510億ドルの投資が必要としている。すなわち、@持続的な土地管理と信頼できる水管理システムの受益農地の拡大、Aマーケットアクセスを向上させる農村インフラ整備と貿易関連能力の向上、B食糧供給の増大と飢餓の削減、C農業研究及び技術普及に集中的に投資すべきとした。また、この必要額は、先進国の協力によるほかアフリカ諸国自身も分担すべきとしている。

FAOは、このようにアフリカ諸国と密接な連携の下に、アフリカの農業・農村の開発方向を精力的に検討していた。

5FAOの日本政府に対する協力要請

日本政府は、2003年に入り、日本がフランスのエビアンサミットに臨むに当たって、日本のアフリカ対策の重点を取りまとめるので、農業・食料問題についてのFAOの考え方を聞きたいとの申し入れがあった。日本事務所は、アフリカの食料安全保障についての日本政府とFAOの協力の方向に関する日本事務所の考え方を添えて、FAO本部に対して日本政府への回答を要請した。これに対して、3月に本部より概要、以下のようなアフリカの主食生産の重要性とこれに対する日本政府への協力要請のペーパーが届き、日本政府に伝達せよとの指令が来た。

(1)アフリカの穀物生産に関する技術と投資の遅れ

サハラ以南のアフリカでは、ソルガム、とうもろこし、ミレット、米などの穀物のほかキャッサバなどの根塊類が主食であり、国、地域による違いもあるが、摂取エネルギーの40%から80%を占めている。また、ほとんどの国で広く栽培され、かつ、大部分が小農による生産である。

これらの作物の多くは乾燥地帯で作られており、基本的には水不足で、時々干ばつに襲われる。また、乾燥地帯での土壌の肥沃度は低く、土壌のすべての主要養分が少なく、また、有機物も少ない。従って、作物を連作すると土壌の劣化が早く、その後の休耕の期間を長く取らなければならない。しかし、現在は、人口の増加によって十分な休耕期間を設けることができず、土壌劣化が進み、作物の収量も低下する傾向にある。また、干ばつや洪水の影響を受けやすくなっている。現在、このような不利な条件を克服し、地力を維持しつつ、持続可能な生産の方法が多くの農民に定着していない。

アフリカでは、従来カカオ、綿花、コーヒー、落花生などのプランテーション作物の技術開発やインフラに対する投資は積極的に行われてきたが、小農が生産する主食については、政府がかならずしも十分な投資をしてこなかった。  また、海外からの援助もアフリカの自然と農民の実情を十分考慮していなかったことなどもあり、農民に定着しなかった例も多かった。

従って、大型、先端技術よりは、コストが安く、地域農民が維持・管理しやすい技術の導入と普及をベースとして、@ 土壌の肥沃度、保水レベルを向上させ、灌漑農地面積を増加させること、A 乾燥耐性、病害抵抗性が高く収量の多い優良品種の開発と普及を図ること、B 熱帯地域に適した耕起と畑地調整の導入、有機肥料を含む肥料の導入などによる低投入の地力維持技術の普及を図ることなどに重点に置くべきである。

(2)アフリカの主食生産増に向けた日本の支援

FAO としては、以上のようなアフリカの主食の生産状況にかんがみ、日本に対し、穀物と根茎類の生産の増大と安定に重点を置いた支援を強化してもらいたいと考えている。それにより、小農の食料と所得の確保を図り、農村部を活性化し、サハラ以南アフリカの飢餓と貧困からの脱却を目指すことができると考える。特に、ネリカ米については、日本が品種の開発を支援してきたことでもあり、また、稲作に関する技術の蓄積もあるので日本が中心となってその普及を進めてもらいたい。

(3)アフリカの子供の栄養改善に対する日本の支援

アフリカの子どもは栄養水準が低く、就学率も低い。このような状況を改善するためにFAO では民間からの寄付による資金を原資とする学校菜園プロジェクトなどを展開している。子どもに農業への親しみを持たせ、また栄養改善につながるものであるWFP ではスクールランチプログラムを実施している。このような活動に対する日本の市民社会の参加が政府の支援政策を支える基礎としても重要である。従って、マスコミを含め、日本の民間、NGO及び一般市民の意識と参加を高める運動を一層展開してほしい。

TICAD IIIの準備

日本事務所は、TICAD III2003年秋に開催されるので、同年の日本事務所の行事は、アフリカの食料問題に焦点を当てることとした。10月にはTICADIIIのサイドイベントとして日本大学と共同でアフリカにおける食料安全保障に関するシンポジウムを開催することとし、テレフードキャンペーンの新聞広告もアフリカの飢餓の状況のレポートとすることに決定した。また、ネリカ米や日本のアフリカの飢餓からの救済支援などの紹介をパンフレット等で行うこととした。同時に、FAO本部に対しては、5月から6月にかけて南アフリカ、ケニア及びカメルーンで行われる一連のTICADIII地域準備会合に積極的に参加するよう要請した。

一方、本部では、アフリカ諸国とのCAADPの作業をさらに進め、7月にモザンビークのマプトで開催されたアフリカ連合第2回総会で、CAADPが正式に採択された。また、ここで、アフリカにおける農業・食料安全保障に関する宣言も採択され、アフリカの首脳は、向う5年以内に国家予算の少なくとも10%を農業農村開発に割くことを決議した。さらに、9月にはローマでアフリカの農業大臣、世界銀行、アフリカ開発銀行、国際農業開発基金などが参加する会合が持たれ、融資の見込めるアフリカの農業開発のプロジェクトに関して、融資機関とその他の国際機関がアフリカ諸国を支援することが合意された。

TICAD IIIとサイドイベントの開催

TICAD IIIは2003年929日から101日まで開催され、農業開発については、2日目のテーマ別セッションで集中的に議論されることになった。ディウフ事務局長は、当初TICADIIIに出席する予定でなかったが、日本政府からセッションの議長を務めるよう依頼されて、急きょ出席することになった。世界食糧計画(WFP)のモリス事務局長と共同議長であった。

ディウフ事務局長は、セッション全体と農業の生産性と所得の向上に関するサブセッションで議長を務め、今までのアフリカ諸国とのCAADPに関する検討やマプトでのアフリカ首脳会議で採択された宣言などをベースに議論をリードし、概要以下のような取りまとめを行った。

なお、モーリスWFP事務局長は、食料安全保障及び緊急対応に関するサブセッションでの議長を務めた。

      農業用の水のアクセスを確保するとともに有効な利用を行なうことにより、生産の

不安定性を減少させ、生産性を向上させること。

      投入財の供給コストと生産物の販売コストを削減するため、農村のインフラを拡大し、競争力を高めるようにすること。

地方、国、地域、国際的などあらゆるレベルにおいて、投入財と生産物の市場アクセスを改善すること。

農民の参加を促し、農業へ信頼できるサービスを供給するため、資金、農地、技術及び制度へのアクセスの確保を図ること。

FAO が技術面で支援を行なう食料安全保障特別事業やそれに関連する南南協力及びIFAD の融資による貧困者に焦点を当てられた多くのプログラムなど成功しているあるいは有望な取組みを継続して実施すること。

      肥料及びネリカ 稲など高収量品種に注意を向けること。こうしたプログラムの拡大やメイズ、キャッサバ、ミレット、ソルガムその他の作目(家畜の飼料、漁業、養殖など)に対しても支援を集中していくこと。

 

TICAD IIIにおいて、小泉総理は、その演説の中でアフリカの食料・農業について次のように述べた。

日本はエイズ対策を含む保健医療、教育、水や食糧支援等の分野で、今後5年間で10億ドルを目標に無償資金協力を実施することをこの機会に表明します。
 第2の柱は、「経済成長を通じた貧困削減」です。経済の成長なくして貧困の削減はありません。我が国は特に農業生産性の向上、ひいては食料輸入依存からの脱却に向けた協力を一層重視していきます。アジアの稲とアフリカの稲の長所を組み合わせたネリカ米の普及は、こうした日本の取組みを象徴するものです。」

TICADIIIの期間中、ディウフ事務局長は、中川経済産業大臣、亀井農林水産大臣など日本政府及び民間の要人と会談したほか、アフリカの15の大統領及びスワジランド国王とバイの会談を行った。事務局長は10月2日に日本を去ったが、その後、本部からチバカ上級政策官及びグエン農業専門官が来日し、両者の参加とガーナからメンサ上級大臣を招いて、10月6日、日本大学生物資源科学部と共催でアフリカの食糧安全保障に関するシンポジウムをTICAD IIIのサイドイベントとして開催した。


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