国連の緊急救済援助とFAO緊急農業救済復興対策(その9)

                                元FAO日本事務所長
                                            橋 梯二  
                

1自然及び人的災害による飢餓の発生

現在、開発途上国には8億人もの慢性的栄養不足人口がいるが、それに加えて、干ばつや洪水などの自然災害あるいは内戦などの人的災害によって食料の生産と供給が途絶え、いわゆる飢餓が発生している。この場合は、隣国に避難する難民や国内を移動する国内難民が発生することも多い。

このような食料危機により、現在、食糧援助などを国際社会に要請している国は38カ国にも達している(20043月)。そのうち、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国が24カ国である。

北朝鮮では、2003年及び04年の穀物生産はややよかったものの、過去の推移を見ると100万トン以上の穀物が毎年不足し、多い年で200万トン不足するので、食糧援助に頼らざるを得ない状況である。 アフガニスタンでは、2002及び03年とも小麦は過去3年間の干ばつから解放され大幅に回復したものの、依然として食糧援助が必要である。

ケニア、エチオピア、ソマリアなどのアフリカの角と呼ばれる地域は干ばつなどによる食料不足が深刻で、またアンゴラやコンゴ民主共和国は内戦の影響で食料危機となっている。さらに、2002年は、ジンバブエ、レソト、モザンビーク、ザンビアなどの南部アフリカでは干ばつや洪水などの天候異変による災害で穀物の生産が大幅に減少し、1300万の人々の食料不足が深刻となった。2003年は天候が比較的よかったので総じて生産は回復したものの、依然として食料不足は深刻で,これらの地域では、HIVの蔓延が状況をさらに深刻にし、解決を難しいものにしている。

食糧援助等を必要とするサハラ以南アフリカ諸国における

食料不足の原因(全24ヶ国)

国名

原因

アンゴラ

帰還難民

ブルンジ

内戦、国内難民

ケープベルデ

干ばつ

中央アフリカ

内戦

コンゴ民主共和国

内戦、国内難民、難民

コンゴ共和国

内戦、国内難民

コートジボワール

内戦、国内難民

エリトリア

干ばつ、国内難民、帰還難民

エチオピア

地域的干ばつ、国内難民

ギニア

国内難民、難民

ケニア

地域的な干ばつ

レソト

干ばつ

リベリア

内戦、国内難民

マダガスカル

南部の干ばつ

モーリタニア

干ばつ

マラウィ

地域的干ばつ

モザンビーク

南部での干ばつ

シエラレオーネ

内戦、国内難民

ソマリア

内戦、地域的な干ばつ

スーダン

内戦、地域的な干ばつ

スワジランド

地域的な干ばつ

タンザニア

地域的な干ばつ、難民

ウガンダ

内戦、国内難民、地域的な干ばつ

ジンバブエ

地域的な干ばつ、経済混乱

資料:FAO GIEWS Countries facing emergencies March 2004

2国連の緊急救済事業

国連では、このように戦乱や自然災害により混乱に陥った国に対して人道的な観点から緊急救済援助を関係機関が連携して実施している。

 この緊急救済援助を実施する国連機関は、主としてUNDP,UNICEF,UNHCR,WFP,WHOなどであるが、食料・農業は人命にとっても重要なのでFAOも緊急農業復興による食料や栄養の確保のための措置を実施する緊急救済機関として位置付けられている。

人命の保護に当たっては、飲料水や衛生の確保に加え、食料の確保が重要であり、食料援助はWFPが担当する。UNHCRは難民の保護と必要物資の確保及び帰還又は定住化などを担当する。UNICEFは、児童の人命の保護、衛生の確保などの措置を担当する。国連組織ではないが、国際赤十字連盟等は災害の初期の段階で政府が十分機能していない混乱状態においても赤十字の組織と機能を生かして救済活動を行う。

 緊急救済援助の計画と実施に関して国連関係機関の活動の調整を行う人道問題担当事務次長兼緊急援助調整官が国連本部に置かれており、関係機関の緊急救済援助はこの調整官の下で国連機関間共同アピール(United Nations Inter-Agency Appeal)としてまとめられ、ドナー国に対して措置の内容を発表し、資金的支援を要請する。なお、緊急救済援助は、人道的観点から行うものなので、現政府に敵対する難民を救済することもあることなどから、受益国の同意を得ていない場合もあり、関係国連機関は、加盟国の分担金を原資とする一般予算から緊急救済援助に支出することは原則としてなく、ドナー国の自発的な資金援助によることとしている。

 緊急救済援助の現場での調整は、UNDPの現地常駐代表が行うこととされ、現地国連機関、ドナー国政府代表、NGOなどと協力して現地レベルでの調整を行う。国連機関が行う難民保護、食料配布、種子配布、栽培指導、家畜保護などについては、NGOの協力が不可欠になっている。

3FAO緊急救済プロジェクトに対する日本の支援

 日本政府は、従来は、UNDP、WFP、UNHCRなど旧国連局(現国際社会協力部)あるいは経済協力局が窓口になっている国連機関の緊急救済援助に対しては、資金援助を行っていたが、FAOの措置に対しては原則として支援をしたことはなかった。さらに、農業開発プロジェクトについても日本政府からのFAOに対する支援は少なかった。これは、FAOは外務省の中では経済局が窓口になっており、日本にとってFAOは貿易問題との関連が重要と見られていたからと思われる。また、農林水産省は人道的支援に対する予算は持っていなかった。

 日本事務所の大きな任務の一つは、FAOの人道救済・復興プロジェクト及び開発プロジェクトに対する日本政府の無償協力資金(人間の安全保障基金を含む)からの支援の道を開くことであった。

そこで、日本事務所の業務が本格化した1998年に、定期的に開催されるFAOと日本政府とのトラストファンド協議の際にFAOの緊急救済プロジェクトなどに対する支援を要請し、さらに、FAO本部技術協力局よりバウアー課長(現在部長)やコバキワル課長などの訪日を依頼し、国連行政課や無償資金協力課などを訪問した。また、日本事務所は、日本のODA資金について詳細を調査し、本部に報告した

4東チモールの農作物種子の確保

 1999年に東チモール問題が発生した。同年8月30日に長年の懸案であった東チモールのインドネシアからの独立について国民投票が実施され、結果は独立に賛成する票が圧倒的に多かった。しかし、独立反対派の武力による報復行動が頻発し、政情は、一気に不安定となった。インドネシア政府は、この暴動を放置したため、首都ディリでは殺人や略奪が行われ、数十万人規模の難民が発生した。

 国連組織としては、UNHCR、UNICEF、WFP、国際赤十字委員会などが難民に対する食料や毛布の空中投下などの緊急措置をまず実施した。緊急救済と復興に対するニーズを把握し、国際社会に協力を仰ぐため、国連関係機関合同調査ミッションが派遣され、調査結果に基づいて11月10日には国連機関間共同アピールが発表された。FAOとしては、食料の不足はそれほど深刻でないものの、農家の30%以上は主食のトウモロコシと米の種子や農具を失っていることから、緊急種子生産プロジェクトなどを提案した。

 12月17日には、東京で世界銀行と国連東チモール暫定行政機構は、東チモール支援のための資金援助を要請するためドナー国会合を開催した。FAOは日本事務所長が代表してFAOの支援の方針を表明した。この会合の結果、人道支援に対して1億5000万ドル、復興、開発及び行政支援に対して3億7000万ドルの支援表明がなされた。日本は、3年間で1億3000万ドルの支援を表明した。

会合終了後、外務省を訪問し、FAO提案の緊急種子生産プロジェクトなどに対する支援を各方面に当たってみたところ、人間の安全保障基金からの支援が可能と判断し、プロジェクトを正式に提案した。本部からの応援を仰ぎ、また、日本側からの要請で修正を行うなどして2000年になって資金援助が得られることが決まった。これによって、FAOの緊急救済プロジェクトに対する外務省からの支援の道が開けた。

5アフガニスタンの農業復興

2001年9月ニューヨークで同時多発テロ事件が発生した。このテロ事件はアルカイダによるものと断定したアメリカは、アルカイダをかくまっているアフガニスタンのタリバン政権を崩壊させるため、アフガニスタンに対する武力攻撃を開始した。これによってタリバン政権は崩壊したが、残されたのは政治的混乱と国土の荒廃であった。

アフガニスタンの主食は小麦であり、牛、羊などの肉も多く消費され、畜産の比重も大きい国である。国の中央にある山岳地帯からの雪解け水によるかんがいがあり、また、夏に家畜をつれて山岳地帯に上り、冬には低地に移動してくる遊牧民もいる。ソ連のアフガン侵攻以来の戦乱によるかんがい施設の損傷や1999年から続いていた干ばつによって、農業生産が落ち込んでいたところに、今回の戦乱が加わり、農作物の生産と家畜の飼養頭数は極度に落ち込んでいた。

2002年1月21日及び22日に東京でアフガニスタン復興に関する国際会議が開催された。緒方貞子総理代表が共同議長であった。FAOからはディウフ事務局長が出席した。国連は、この会議において2002年に実施されるべき緊急対策(約13億ドル)と中長期にわたって実施されるべき対策(146億ドル)を提案した。ドナー国からは総額45億ドルの支援が表明され、日本政府からは2年半で最大5億ドルの支援表明が行われた。

FAOは、2002年に行われるべき緊急対策として、小麦の種子の確保と配布、資材の供与と農業指導による帰還難民の定着、家畜衛生の確保と資料の配付などのプロジェクトの提案を行い、中長期対策としては、かんがい復旧、種子増産計画、家畜衛生対策と飼料増産、植林などのプロジェクトの提案を行った。

日本は、緊急の対策に加え、復旧・復興対策につては国連関連機関が共同で総合的に実施するプロジェクトに対し、緒方イニシアティブとして支援した。これは、アフガニスタン政府の意向を聞きながら、現地の日本大使館と国連機関とが協議して計画案を取りまとめ、東京に提案する方式で行われた。FAOも第3次緒方イニシアティブに参加すべく6億円規模の種子増産と家畜衛生プロジェクトをまとめた。しかし、FAOプロジェクトに対するアフガニスタン政府の意向が必ずしも明確でなかったことと、東京において大蔵協議を担当する日本政府の係官が手当てできず、FAOプロジェクトは日本からの支援が得られなかった。

 しかし、FAOは、アフガニスタンからのソ連撤退以来、種子増産プロジェクトを広範に実施してきており、また、現地のコンサルタントを多く雇用して家畜衛生の体制を整備してきた実績があり、他のドナー国からの支援が多く得られている。

6スリランカ及びモンゴルに対するドナー国会合

 スリランカの和平交渉の当事者の一方であるITTE(タミル・イーラム解放の虎)が参加しなかったものの、2003年6月9日及び10日には東京でスリランカの和平復興開発のためのドナー会合があり、FAOからはバウアー担当部長等が出席し、小型のかんがい施設復旧プロジェクトなどを提案した。さらに、同年11月19日から21日まで東京でモンゴルに対するドナー国会合が開催された。この会合では日本事務所長がFAOを代表して出席した。

7アフリカ等の緊急支援に対する日本の支援

 2000年に東チモールにおける種子増産事業に対する日本政府からの支援が得られて以来、アフリカにおける緊急救済プロジェクトについても、日本政府からの支援を要請した。アフリカでは干ばつなどのほか内戦によって国内難民が発生していることも多く、スーダンでは南部のキリスト教徒の住民が北部のイスラム圏の政府からの攻撃を受けて対立し、干ばつもあって南部で飢饉が深刻であった。また、アンゴラでは内戦から国内難民が都市近郊に殺到し、戻ることができないので、定住化する必要があった。さらに、ウガンダでは国内難民に対して種子や農具を供給して食料の確保を支援する必要があった。

 日本政府は、アフリカに対する支援の経験も浅く、かつ政情が不安定なこれらの国に対してはバイによる援助には困難が伴うので、国連機関の中でもアフリカに多くの経験を持つFAOのプロジェクトに支援を始めたのである。

 当初は、人間の安全保障基金からの支援が多かったが、2002年から無償資金からの支援も行われるようになった。これは、日本事務所及び本部が無償資金協力課と何度も接触し、無償資金からの支援のあり方を協議したことと、KRII援助が従来の農薬、肥料、農業機械などの資材の供与のみからソフトコンポネーントを含むプロジェクトにも支援することが可能になったことによる。

 なお、北朝鮮に対する二毛作推進などに関する緊急支援プロジェクトをFAOは何度となく提案したが、日本政府は、人道的観点から食糧援助はWFPを通じて行ったが、その他の支援については応じてこなかった。

8支援係る問題点

日本事務所が開設される前は、緊急救済援助に対して日本政府からの支援は行われてこなかったが、事務所の開設から4〜5年たってようやく支援が定着化した。しかし、プロジェクト案を作成するFAO本部は日本が応じやすいプロジェクト内容についての理解が薄く、時々日本とFAO本部との間で大きな意見の相違があることもあり、日本事務所がその間の調整に当たった。しかし、日本の要求に合わせて修正していくのに時間がかかることなどの問題もあった。これは、FAOと日本政府とのプロジェクト支援に関する経験が浅いことであろうと思われるが、FAO本部に日本人職員が多くなく、FAO本部の関係職員を説得して日本との調整を行える職員が少ないことも大きな原因であろう。

 また、日本側においてもFAOのプロジェクトを処理した経験が少なく、内容を理解するのに時間がかかるという問題もあった。いずれにしても経験を重ね、また、体制の整備をして、これらの問題を解決していく必要があると感じた。

日本政府のFAO緊急救済プロジェクトに対する支援

     (2003年8月までに決定したもの)

 1)人間の安全保障基金

2000年

東チモールにおける穀物種子増産事業       47万ドル

2001年

  東チモールにおける穀物貯蔵事業         35万ドル

     ウガンダにおける食料生産向上事業   59万ドル

2002年

 南部スーダンにおける子規模漁業支援事業   48万ドル

     コンゴ民主共和国における難民定住化支援事業98万ドル

2003年

     東チモールにおけるポストハーベストロス削減事業
                          36万ドル

  (2)無償協力資金

2002年

     アンゴラの国内難民に対する野菜種子及び農機具供給事業                         101万ドル    2003年

     アンゴラの国内難民に対する野菜種子及び農機具供給事業

                         127万ドル


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