商標と異なる独自の地理的表示

  本稿は知財研フォーラムVol.86 16 2011年に掲載されたものである。

知的所有権としてWTOで認められた地理的表示は、これを商標とは異なる知的所有権と認識し、独自の法制度で保護している国と商標として保護している国とに分かれている。独自の制度では、地理的表示は地域の人々の共通の財産として守り、発展させていくべきものという考え方に基づいており、産品の高付加価値化を通じて地域の経済活動の持続と発展という政策目的と手段を備えている。日本で農産物・食品の地理的表示制度を導入する場合、この独自の制度が重視されるべきであろう。

                高橋 梯二(Takahashi Teiji

                    東京大学農学生命科学研究科非常勤講師

I はじめに

地理的表示は、特許、商標、著作権などに比べ、比較的新しい知的所有権である。100年以上も前から一部の国で概念が形成されてきたが、長い間、世界で広くは認知されていなかった。この原因はヨーロッパとアメリカ、オーストラリア等との食品に関する文化・伝統と食品政策や貿易政策の違いが主な原因であった。しかし、1994年のウルグアイラウンドで協定が成立し、150以上の加盟国が認め、かつ国際的強制力の伴う知的所有権として確立した。地理的表示は、農業、工芸や食文化に長い伝統をもつ開発途上国においても比較的受け入れやすい概念であり、また、食品の品質に高度で多様な価値を求める消費者の最近の要求にもこたえるものである。しかし、新しいものであるだけに、定義、目的、法的態様、保護の内容等が各国によりさまざまであり、また、これらについて各国間の意見の相違もある。特に、ウルグアイラウンドにおいて成立した「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」は、地理的表示に関する法的態様は加盟国の裁量にまかせたので、加盟国間では一様でなく、大別すると商標とは異なるいわゆる「独自の制度(sui generis)」を採用した国と商標による保護を採用した国とに分かれている。このことが、地理的表示の目的、保護の水準、国際的な認知などについて加盟国により意見が分かれている原因でもある。本稿においては、「独自の制度」が商標とはどのように異なるのか、また、農産物・食品について地理的表示制度をまだ導入していない日本としてどのような制度が適当であるのかについて分析することとしたい。

II 地理的表示の成立過程

1)原産地呼称法の成立

 農産物・食品の名前に産地名を冠することは、ヨーロッパでも日本でも古くからみられ、これは産地による産品の特徴を識別できるという点で消費者にとっても選択をする上で便利な方法でもあった。フランスでは、ワインについて19世紀中頃までに産地の特徴が確立し、海外においても高く評価されるようになった。しかし、1860年代中頃からのフィロキセラによる壊滅的な被害からの復興過程でワインの質が落ちるとともに上質ワインに見せかける偽装が横行した。このようなワイン産業の混乱に対処するため、1919年に原産地呼称法が成立した。この法律は、原産地呼称に関する自分の権利が侵害されていると思う者は裁判に訴えることができることとし、裁判によって原産地呼称を使用できる産地区画を確定する制度で、生産の条件等は原産地呼称の要件とされなかった(注1)。

 したがって、現在の原産地を証明する証明商標に似た制度であったといえる。しかし、特にワインについては、原産地呼称産地で品質の悪い多収のブドウ品種を植える生産者が現れるようになり、ワインの品質が悪化するという現象がみられた。このような問題に対処するため、検討が行われ1935年にワイン(蒸留酒を含む)について統制原産地呼称法(AOC法)が制定され、産地区画の確定のほか、植えるべきブドウ品種、単収の最高限度、ブドウの最低糖度などの生産条件を政令で定め、また、監視、監督機関(INAO)を設けることとした。この制度が最初の「独自の地理的表示制度」といえよう。その後、AOCワインの付加価値の増大効果等が認められ、1990年には法改正が行われ、AOC制度はワインのほかその他の農産物・食品にも適用されることとなった。

この間、産地を基準とする農産物・食品の歴史をもたないアメリカ、オーストラリア等は、原産地呼称は、貿易障害になりやすいとして国際的な保護には反対してきた。また、食品の品質は本来市場によって決められるべきもので、行政が介入すべきものでないとの考えを維持しており、名声を得た産品の名称は商標法で保護すれば足りるとの主張を続けた。

2)地理的表示の知的所有権としての確立

EUは、1993年の単一市場の形成を前にして、加盟国で採用されていた原産地呼称制度等の調和を図り、対外的には一体となって対応するため、1992年に農産物・食品を対象とする原産地呼称及び地理的表示の保護に関する制度(理事会規則№208192)、いわゆる「EU地理的表示保護制度」を創設した。この規則において「地理的表示」という用語が初めて登場したのである。当時ウルグアイラウンド交渉が行われており、EUは、農業補助金削減の動きの中でこの地理的表示を農業補助金の減少を補う農業政策の重要な要素と位置付け、世界的な認知を得るため、ラウンドにおける国際合意を目指した。この結果、1994年にマラケッシュ協定の付属文書としての「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」において、地理的表示が特許、商標などとともに知的所有権の一つとして位置づけられ、加盟国が守るべき保護の内容等が定められた。

この協定により保護に関する違反に対してはWTOの係争手続きが適用されることになり、地理的表示は、国際的な強制力を伴う知的所有権となった。

Ⅲ 各国の地理的表示の法制度

 TRIPS協定成立を契機に、多くの国が法制度を整え、現在では(07年)世界で73カ国が地理的表示に関係する法律を定めている(Jacques Audier)。しかし、TRIPS協定の地理的表示は、EUとアメリカ等との妥協によって合意されたものであり、地理的表示を国内法でどのように保護するかは加盟国に任せられた。したがって、地理的表示の保護に関する法制度は加盟国によって異なっている。大別すると現在のところ次の三つに分類できよう。

1は、地理的表示に関し、独自の制度を設けて保護している国又は地域(EU27カ国、メキシコ、アフリカバンギ協定16カ国、アンデス共同体5カ国等)

2は、地理的表示を商標法によって保護すると同時に独自の法制度によって保護している国又は商標法を「商標及び地理的表示に関する法律」のように改めている国(中国、韓国、インド、アルゼンチン、ブラジル、スイス、アルメニア、ブルガリア、ルーマニア、モンゴル、ロシア等)

3は、地理的表示を商標法の特別規定により保護している国(アメリカ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド等)

地理的表示の保護の制度(態様)に以上のような違いがみられるが、地理的表示を商標とは独立した知的所有権とし、独自の制度を採用する国が増加しており、商標法のみで対応している国は少数になりつつある(表I参照)(注2)。

IV 地理的表示の定義と産地との関連

地理的表示制度は、各国の法令によって定められるので、その定義について定まったものはないが、TRIPS協定による地理的表示の定義が代表しているといえる。TRIPS協定では、地理的表示を以下のように定義している(協定第22条)。

「この協定の適用上、「地理的表示」とは、ある産品に関し、その確立した品質(une qualité)、社会的評価(réputation)、その他の特性が当該産品の地理的原産地に主として帰せられる場合において当該産品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地とするものであることを特定する表示をいう(外務省訳)。」

この定義は、EUの地理的表示保護規則の「保護地理的表示IGP」の定義をほぼ踏襲したものといえる。TRIPS協定成立後に独自の地理的表示制度を商標とは独立して設けた国は、TRIPS協定のもとほぼ同様の定義を定めている。その結果、50カ国以上のWTO加盟国で国内法においてTRIPS協定の定義をそのまま採用している(1997年現在、Jacques Audier)。しかし、地理的表示のTRIPS協定上の定義である「地理的原産地に主として帰せられる」がどのように実現されなければならないかについては、各国の法律において大きな違いがある。独自の制度を採用しているEUの地理的表示制度では、原産地の確定ほかCahier des Chargesとよばれる生産基準に従って生産されていないと地理的表示の使用が認められない。また、生産基準に従って生産されているかどうかを監視し、管理する第三者機関が設けられている。このことによって産地に由来する産品の特質が確認され、証明される。さらに、この生産基準は公表となっており、消費者もどのように生産されるのかの情報が得られるようになっている(EU理事会規則 №5104092006)。また、中国、韓国、インド等地理的表示を独立の知的所有権と捉えている多くの国は、EUに似た産地と産品の品質との結びつきを確保する方式を採用してきている。特に、中国、韓国、スイス等は農産物・食品について特別の生産基準と管理体制を導入している。

一方、アメリカでは地理的表示を証明商標によって保護しているが、地理的表示に関する定義規定は設けられておらず、また、地理的表示に関係する商標は、地理的名称のみから構成される商標あるいは地理的名称を不可欠な構成要素とする商標等であり、植えられるべき品種、栽培の条件、生産過程における条件など原産地と産品の特質との関係の内容に関する事項は必ずしも法律上の要件にはなっていない。以上のような法的な態様の違いから、アメリカのような商標による制度はTRIPS協定で定められた地理的表示ではないのではないかとの意見もある(Hélène Ilbert and Michel Petit)。また、アメリカのアルコール管理法によるワインの原産地表示は商標でもなく、表示基準にすぎないといわれている(注3)。

さらに、日本の地域団体商標についても、商標に産地名が使われており、地理的表示に似た制度ではあるが、TRIPS協定にいう地理的表示制度であるとの説明は日本政府からなされていない。

地理的表示制度の目的

地理的表示の目的は、TRIPS協定には明確に規定されていないが、独自の制度を導入している国の制度を参考にしてまとめると、①産品の差別化による付加価値の付与によって、農業及び食品産業の発展に資すること、②食の多様性と食の文化と伝統を守り、発展させること、③地域の経済を維持し、発展させること、④食品の品質について多様な価値を求める消費者の要求に応えるとともに、消費者へ情報を提供することであろう。

以上に加え、最近では、開発途上国が、生物多様性条約の目的に呼応した形で、自国で維持・開発されてきた知的財産を守り、地域資源の維持と地域経済の発展を図ることを目的に加えてきている。このように、独自の地理的表示は多様な目的に対応しており、農業、食品及び生物資源に関する政策的な意図が加味されている。

一方、商標は、本来、以上のような政策的意図を取り入れるべき性格のものでないとされており、商業上の不正と混乱を防止することであり、これによって商業活動の円滑化が図られ、これが商標法でいうところの「産業の発展に寄与」することである(注4)。ただ、中国などのように商標制度による地理的表示についてTRIPS協定の定義を引用した意味(定義)を記している例もある。

地理的表示の国際的認知

以上のように地理的表示の内容が各国の法制によってかなり異なるので、他国の法制に基づく地理的表示を自国で知的所有権としての地理的表示として認め得るのかどうかの問題が生じる。TRIPS協定は、地理的表示の国際的認知の方式については規定しておらず、ワインについては国際登録制度が交渉されるべきことのみを規定した(第23条第4項)。WTOの場でこの国際登録制度が検討されてきたが、加盟国間の意見の相違が大きく合意には至っていない。

従って、現在のところ、知的所有権の「属地主義」の原則に基づき、他国で地理的表示と認められたものを自国で地理的表示として認めるかは、自国の法律に従うことになっている。この場合、問題となるのは、商標制度に基づく地理的表示がはたしてTRIPS協定の定義を満たしている制度かどうかということである。商標法に基づく地理的表示については、特別の商標として商標の使用条件の設定や、商標の独占的使用の制限などについて特例は設けてきているものの、なお、TRIPS協定で定義された地理的表示として他国で認められうるのかという点については各国間で明快な意見の一致があるわけではない。

 しかし、ワインについては産地表示が極めて重要であるので、ヨーロッパにワインを多く輸出しているアメリカ、オーストラリア等はEUと二国間交渉を行い、ヨーロッパ市場における自国産ワインの産地表示を認めさせる努力をした。その結果、ワイン貿易に関する二国間協定が締結され、輸出国とEUは、双方の地理的表示の名称をそれぞれの市場で保護することを約束している(注5)。しかし、これをもって、互いの地理的表示を知的所有権としての地理的表示として認めたことにはならないし、認めないということにもならないと規定している(注6)。

V 地理的表示の保護

 地理的表示の保護の内容や程度については、基本的には各国の法制によることとされている。ただ、TRIPS協定によって加盟国が最低限守るべき保護の内容が規定されており(同協定23条及び24条)、加盟国は、独自の制度によるものであれ、商標制度によるものであれ、これに従わなければならない。

 EUにおいては、地理的表示を手厚く保護しているので、アメリカ等との間で貿易問題とも絡んで保護の程度について意見が対立していた。また、EUでは地理的表示が登録されると同じ名称の商標が無効になることがあり、議論があるところであった。このような事情もあって1994年のTRIPS協定において地理的表示について加盟国が最低限守らなければならない保護の内容が交渉によって定められたのである。TRIPS協定における地理的表示の保護は、次のようである。

ワイン及び蒸留酒を保護の適用上区分し、それ以外の産品については、公衆を誤認させるような方法で真正の原産地以外の地域を原産地とするものであることを表示することが禁止される。また、1967年のパリ条約第10条の2に規定する不正競争行為を構成する使用も禁止される(協定第222)。これによれば「ロックフォール」産でないチーズに「ロックフォール」と表示するのは禁止されるが、「ノルウェー産ロックフォール」などの表示は公衆を誤認させないということで認められるとされる。

ワインと蒸留酒については、追加的な保護(より高い水準の保護)を適用することとし、真正の原産地が表示される場合であっても、地理的表示が翻訳されたものであっても、また、「種類」、「型」、「様式」、「模造品」等の表現を伴っている場合であっても、これらの表示によって示されている場所を原産地としないワイン及び蒸留酒への使用は禁止される(協定第231)。つまり、「ボルドー風」、「シャンパンスタイル」などの表示が禁止されるということである。このワインと蒸留酒に適用される高い水準の保護は公衆を誤認させないとしても適用になる保護であり、EUの強い主張によって導入された。

しかし、例外として該当する表示が当該産品の一般名称として自国の領域において通例として用いられる用法の場合は、その国においては、上記の保護が適用されない(協定第246)。つまり、自国において、たとえば「ブルゴーニュ」の表現がワインのスタイルを示す一般名称として使用されている場合は、自国のワインについて「ブルゴーニュ」が自由に使えることになる。

 なお、独自の制度を採用しているEUは、ワインを含みすべての農産物・食品について高い水準の保護を適用しており、一方、商標による地理的表示を採用しているアメリカではチーズ等のワインと蒸留酒以外の農産物・食品については公衆を誤認させない表示であれば認められるとしている。

VI 地理的表示と商標

 1)地理的表示と商標との基本的な違い

独自の制度による地理的表示と商標との基本的な相違点については、次のようである。

①商標は、一自然人、一法人又は一団体が独占的に使用できる知的所有権であるが、地理的表示は、その産地の人々の共通の財産であり、1人が独占的に使用できる権利ではない。

②商標は、産品の品質を証明していないが、地理的表示は、生産基準の設定及び管理・監督機関の設立等の義務付けにより、産地と関連する品質を証明している。

③商標は、産地名は識別力がない、あるいは特定の者に独占的な使用を認めるのは適切でないとの理由から基本的には保護の対象としない。しかし地理的表示は、産地名を表示し、保護するものである。

④商標はその権利を自由に譲渡できるが、地理的表示は、基本的には譲渡できない性格のものとされている。特に産地外の生産者等に譲渡することはできない(A. De Vletian)。

 以上の地理的表示と商標の性格の違いを考察するに当たって重要なことは、商標は原則として一企業に対して独占的な使用を認めるものであり、もし、その商標の産品の品質が名声にふさわしくないものになった場合は売れなくなり、その責任はその商標権をもつ企業がとることになる。一方、地理的表示は、その地域に属する人の共通の財産であり、地域に属する人は、一定の条件に合致して生産を行う限り、誰でも使用できる権利とされている。従って、一つの産地においてその地理的表示を使用している生産者は複数である。このような場合に、産地内のある生産者が名声に見合っていない産品を生産し、他の有良な産品の生産者による地理的表示の名声を悪用するという事態が生じ得る。これを防止し、一地域として名声に見合う品質の生産を確保する手段が必要となる。この地理的表示の特性から生産基準の制定が必要になるほか、生産基準に従って生産されているかどうかの管理が必要となる。この結果として産品の品質を証明していることになる。独自の地理的表示制度は、地理的表示のこの特性に適切に対応する仕組みになっている。

なお、地理的表示を商標で保護する場合、普通の商標とは異なる団体商標や証明商標を適用し、以上のような地理的表示の特性にある程度対応できるようにしている。たとえば、アメリカのように証明商標によって保護する場合、地理的名称のみから構成される商標あるいは地理的名称を不可欠な構成要素とする商標などである。この場合、商標使用の排他的使用が禁止され、また、商標の使用基準の設定などにより産品の品質証明がなされているとみなすこともできる。しかし、使用基準は登録に当たって内容についての実質的な審査が行われず、また、政府などの第三者による管理・監督も行われず、産地と関連する品質証明機能は弱いものとなっている。

2)地理的表示と商標との関係

独自の制度で地理的表示を定めている場合、地理的表示は名称の表示の保護である商標と競合する性格をもっている。両者の競合関係をどのよう<br>

に整理するかは、難しい問題であり、各国においても又国際的にも議論があるところである。地理的表示と商標との関係については、EUの規則(地理的表示保護規則及びEUワイン規則(EU理事会規則№4792008))及びTRIPS協定などを総合して勘案すると次のようになろう。

 ①地理的名称の使用の禁止に該当する商標の登録は、地理的表示が既に登録されている場合においてはできない(EU地理的表示保護規則第14条、EUワイン規則第44条)。ただし、このような商標であっても、地理的表示の登録前に善意で取得されていた商標は有効である(EU地理的表示保護規則第142TRIPS協定第245)。

②商標が既に存在していたとしても地理的表示の登録は可能である。しかし、その地理的表示が商標との関連で真の原産地等に関して公衆を誤認させるような場合は、登録できない(EU地理的表示保護規則第34EUワイン規則第43条)。

③真の産地名を示していない商標で公衆を誤認させるような場合は、利害関係者の申し立てにより、その商標登録を拒否したり、無効とする。なお、ワインと蒸留酒については、公衆を誤認させない場合においても要請によって、拒絶又は無効とする(TRIPS協定第223、第232)。

 地理的表示と商標との関係については、おおむね以上のように整理できるが、それは各国の法律と判例によって決められることであり、一様ではない。

 なお、上記②は、地理的表示の「商標との併存」といわれているが、この点についてはEUとアメリカ及びオーストラリアとの間のWTOのパネルでの係争があり、2005年のパネル報告ではEU規則による地理的表示産品は、生産条件が課せられた特別の限定された産品であり、商標との併存は商標の排他的使用権の例外として認められるとした(TRIPS協定第17条の商標の権利の例外の適用、パネル報告7688)。

また、国際商標協会(INTA)は、TRIPS協定が認めているような商標との併存には賛成せず、商標と地理的表示の間では先願主義(先使用、first in time, first in rightの原則)が認められるべきであるとしている。

Ⅶ 独自の制度の国際協定上の位置付け

また、03年からアメリカ等とEUの間で、独自の制度を代表するEUの地理的表示保護制度はTRIPS協定とGATT協定に違反しているのではないかとの係争があった。アメリカとオーストラリアからの具体的な申し立ては、第三国のEUの制度への登録に関するEUとの同等性と互恵の要求などは内国民待遇の原則等に違反していること及び地理的表示の商標との併存はTRIPS協定等に違反していることなどであったが、アメリカ等はEUの厳格な独自の制度は基本的には自由貿易の原則に違反しているのではないかとのチャレンジをしたと思われる。

05年にWTOのパネルの報告が採択され、EUの第三国からの地理的表示の登録の条件については内国民待遇の原則に違反しているという結論ではあったが、産地区画の確定、生産条件の設定、監視・管理機構の導入などのEUの独自の制度の骨格は国際協定に違反していないと解釈されたといってよい。また、商標との併存についてもTRIPS協定に違反していないとの結論になった。

したがって、このパネル報告によって、独自の制度は国際協定に違反していないことが国際的に判断されたことになる。このパネル報告の結論を得て、EUは、06年にEUの農産物・食品の地理的表示規則を改正するとともに(EU理事会規則№5102006)、2008年にはワインに関する規則を全面的に改正し(理事会規則№4792008)、ワインの地理的表示をAOP(保護原産地呼称)とIGP(保護地理的表示)として、農産物・食品と同じ地理的表示とした(注7)。その後、EUは、独自の制度を世界標準にすべく二国間の自由貿易協定などで努力している。また、このパネル報告は、開発途上国が地理的表示制度を導入する際独自の制度を採用するようになったことに大きな影響を与えたと思われる。

1)二国間交渉

WTOドーハーラウンド交渉において、EUの主張によりワインの国際登録及び高い水準の保護をチーズ等ワインや蒸留酒以外の農産物・食品に拡大する交渉が行われてきたが、加盟国間の意見の相違が大きく、合意の見通しは得られなかった。EUは、このような状況から、自由貿易協定交渉などバイの交渉において地理的表示に関する合意の締結に積極的で、独自の地理的表示制度の普及、相互の地理的表示産品の登録、高い水準の保護の適用産品の拡大を相手国に認めさせる努力をしている。また、開発途上国に対し地理的表示制度の整備について積極的に支援している。最近、EUは、アジア諸国との自由貿易協定の締結にも重点を置いており、当初ASEANとの協定を目指したが、09年以来各国との自由貿易協定交渉を進めていくとの方針の転換を図った。11年から発効する韓国との自由貿易協定では、知的所有権に関する合意の中で地理的表示の取り扱いについて取り決めがなされ、韓国がEUの主張を全面的に認めるとともに、保護すべき地理的表示産品を互いに審査し、登録した。日本とEUとの自由貿易協定交渉が始まるとすれば、EUは韓国の場合と同様の主張を強めると予想される。

一方、アメリカは、EUのこのような動きを二国間、あるいはTPPのような多数国自由貿易協定でけん制しており、特に、高い水準の保護の全品目への適用に反対するとともに、地理的表示の保護の制度としては商標による制度を推奨しているようである。

Ⅷ 地理的表示に関する開発途上国の動向

 開発途上国は、リスボン協定加盟国などの一部の国を除いて、地理的表示に長い間大きな関心を示さなかった。しかし、開発途上国の資源に対する権利意識が、特に、種子などの生物資源について高まってくるに従って、地理的表示を含む知的所有権に対する関心が高まっていった。1992年に締結された生物多様性条約においては、遺伝資源の利用から生じる利益の公平かつ均衡ある配分が課題となった。1994年にTRIPS協定が締結されると開発途上国にも他国の地理的表示を保護する義務が生じるとともに、自国でも地理的表示制度を設立し、自国の産品を保護する必要が出てきた。さらに、05WTOのパネル報告によって、EUなどの先進国の地理的表示制度は、開発途上国などの第三国にも開かれたものにしなければならないことになり、開発途上国の関心を一層高めることとなった(注8)。このような情勢から、1990年代後半から開発途上国において地理的表示の国内法が整備されていった。

アジアについては、中国で94年から地理的表示は商標法における証明商標及び団体商標でも可能とし、 01年には商標法において地理的表示を、「その特定の品質、名声、その他の特質が自然のあるいは人的な要素に帰するものであることを認知する表示」と定義した。さらに、08年に施行となった農産物に関する地理的表示制度(農林部命令による)では、登録における条件をより厳格にして産地との関連性を確実にする手段を導入し、また、管理機構によって安全を含む品質管理を行うようにもなっている。インド議会は、9912月に地理的表示の保護と登録に関する法律を通過させ、039月に施行となった。

08年施行の中国の農産物地理的表示保護及び03年施行のインドの地理的表示保護制度は、いずれも独自の制度である。

南米については、アルゼンチンで、04年に法律(Law No 25380)が改正され、農産物の出所及び原産に関する表示制度が導入されている。また、ブラジルにおいても96年に知的所有権法が改正され、Title IVにおいて地理的表示を独立の知的所有権として関係規定が定められた。アフリカについては、フランス語圏16カ国で構成されるバンギ協定では、99年にアフリカ知的所有権機構を改正し、ANNEXⅥにおいて地理的表示を独自の知的所有権としてとらえ、定義、保護、審査・登録手続き等を定めた。

Ⅸ まとめ

 以上、各国でとられている地理的表示制度についてその内容、違い等を考察してきたが、日本の食文化と現在の農業及び食品産業の状況を考慮すれば、TRIPS協定の定義に則し、産地における特色ある産品の品質を保証し、その内容について消費者に情報提供する独自の地理的表示制度が必要と思われる。かかる制度によって、産地の人々の努力による財産としての産品を確固たるものにし、発展させ、内外において認知度を高めることができる。このことが、日本の食文化を内外に広めていくことに通じる。かかる目的を達成していくためには、商標のみでは不充分で独自の地理的表示制度を導入する必要があろう。また、日本が貿易額の大きい国との自由貿易協定を締結し、工業製品の国際競争力を高めるためには、農産物・食品の関税を引き下げざるを得ない。かかる状況において地理的表示制度を活用した高付加価値産品の生産による農業所得の維持・向上を図ることは、農業の持続・発展を可能とするための重要な手段である。このためにも、このような政策的目的と手段を持ちうる独自の制度が有効であろう。

また、上記と関連し、日本においては、農産物・食品の輸出拡大を図ることが大きな目標になっている。この場合、地理的表示についても多くの国が採用している制度に近いものを作り上げ、貿易相手国との歩調を合わせ、制度の違いによる軋轢を少なくし、かつ、日本の産地名称の適切な保護が図られるようにすることが、日本の農産物・食品の輸出の拡大にとっても必要なことであろう。

各国の地理的表示に関する法制度(略)

  国

        法令

EU27カ国

 

理事会規則No 510/479/2006Council Regulation (EC)No 510/479/2006) (農産物・食品)

理事会規則 No 479/2008 (Council Regulation (EC) No 479/2008 (ワイン)

スイス

 

 

連邦商標及び原産地表示保護法(Federal Law on the Protection of Trade Marks and Indication of Source of 1992

農産物に関する原産地呼称及び地理的表示保護令(Ordinance on the Protection of Appellation of Origin    and Geographical Indications in Respect of Agricultural Products of 28 May 1997

ブドウ生産及びワイン輸入令(Ordinance on Viticulture and the Importation of wine

 

 

中国

 

 

 

中国商標法2001年改正(Chinese Trade Mark Law of 1982

地理的表示製品保護令 2005

農産物地理的表示管理令(Measures for Administration of Geographical Indications For Agricultural Products, Decree of Ministry of Agriculture of 2008

韓国

 

 

農産物品質管理法(Agricultural Products Quality Control Act of 2009

酒税法(Liquor Tax Act of 2008

タイ

地理的表示保護法 2003

ヴィエトナム

知的財産法第7章第6節地理的表示の保護要件

(2005年の法律を改正した2009年法律第36/2009/QH12)

 

 インド

 

産品地理的表示法(Geographical Indications of Goods Act of 1999

産品地理的表示規則(Geographical Indications of Goods Rules of 2002

 アルゼンチン  

                                    

法律第25.380号(Law No 25.380(産地及び原産地の表示)

法律第556/2009号(Law No 556/2009 Regulations under Law No 25.380

法律第25.163(Law No 25.163 of 1999) (ワイン及びアルコール)

ブラジル

 

 

工業所有権法第IV章地理的表示(Industry Property Laws No 9279/96, Amended in 2002, Title IV Geographical Indications

 

メキシコ

 

工業所有権法(Industrial Property Law

 

アンデス共同体ボリビア、コロンビア、エクアドル、ペルー)

決定486 付属書VI地理的表示(Decision 486, Annex VI Geographical Indications

 

ケニア

 

商標法(Trade Marks Act of 1956

 

 ニュージー

ランド

商標法(Trade Marks Act of 2002, Amended in 2005

  (ワインも含まれる)

 アメリカ

 

 

ランハム商標法(Lamham Trade Mark Act

地理的表示法(Geographical Indication Code Title 15 USCTitle 27USC(ワイン)

オーストラリア

 

商標法(Trade Mark Act of 1995

オーストラリアワイン及びブランディー機構法(Australian Wine and Brandy Corporation Act of 1980

 カナダ

商標法(Trade Marks Act of 1985 

 南アフリカ

 

 

商標法(Trade Marks Act of 1993 No 194

酒類生産物法(Liquor Products Act of 1989 No 60    

 

     資料:WIPO,EU委員会、oriGIn、JETRO資料から作成

参考文献

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・「Legal systems to protect Geographical Indications, ORIGIN

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・「Une décision de l'organe de règlement des différends de l'OMC, Quels impacts pour la protection internationale des indications géographiques?, DelphineMarie-Vivien et Erik Thévenod-Mottet, Economie rurale, Numero 299, 07 高橋梯二訳、農政調査委員会 のびゆく農業

・「Applications Nationales de l'Accord ADPIC Section 3 Indication géographique, Jacques Audier, 07, 蛯原健介訳

・「Are Geographical Indications a Valid Property Rights?Héiène Ilbert andMichel Petit, 09, 高橋梯二訳、畜産技術協会

・「Extraits choisis par François des Lingeris du texte deL'Evolution de la Législation sur les Appellations d'Origine - Gnèse des Appellations

Contrôlées - par Joseph Capus en 1947, 高橋梯二訳、09、農政調査委員会 のびゆく農業

・「EU-South Korea Free Trade Agreement, A quick Reading Guide, 2010,高橋梯二訳 畜産技術協会

Council RegulationECNo 479/2008 of 29 April 2008 on the common organization of the market in wine

Council RegulationECNo 510/2006 of 20 March 2006 on the protection of geographical indications and designations of origin for agricultural products and foodstuffs

Measures for the Administration of Geographical Indications of Agricultural Products, Order of the Ministry of Agriculture of 2007 No 11, China

Geographical Indications of Goods Act of 1999 in India

Geographical Indications of Goods Rules of 2002 in India

Agreement between the European Community and Australia on trade in wine2008

Agreement between the European Community and the Republic of South Africaon trade in wine 2002

Agreement between the European Community and Canada on trade in winesandspirits 2002

Agreement between the European Community and the United States of Americaon trade in wine 2006

Free trade agreement between the EU and the South Korea 2010

・地理的表示・地名等に係る商標の保護に関する調査研究報告書 2011,(財)知的財産研究所

・「世界のワイン法」山本博、蛯原健介、高橋梯二、日本評論社、09

・「地理的表示における各国の法的対応と日本の課題」高橋梯二、法律時報2010828

・「フランスワインの原産地呼称」高橋 梯二、のびゆく農業947、農政調査委員会、2004

注1)Extraits choisis par François des Lingeris du texte de L'Evolution de la Législation sur les Appellations d'Origine - Genèse des Appellations Contrôlées- par Joseph Capus en 1947,q橋梯二訳、09、農政調査委員会 のびゆく農業を参照<br>

2) アジア諸国では、中国、韓国及びインドが独自の制度を導入しているほか、アセアン諸国の中でフィリピンを除きすべての国が独自の制度を導入している。フィリピンも独自の制度を導入する計画であるとみられている。

3) 地理的表示・地名等に係る商標の保護に関する調査研究報告書 2011,知的財産研究所

4) また、商標の機能の一つとして品質保証機能が挙げられるが、この品質保証機能とは、商標により、需要者間において質などについて信用がつき、商標権者の信用が識別される。つまり、需要者の期待感であるというのが通説である。

5) Agreement between the European Community and the United States of Americaon trade in wine      2006 Agreement between the European Community and Australia on trade in wine 2008

6 ) 2006EUとアメリカとのワイン貿易に関する協定第12条第4

7) EUは、2008年以前は、地理的表示ワインは「指定地域上質ワイン(VQPRD)」としていた。

8) 116月時点で、コロンビア・コーヒー、中国のロンジン茶など7品目がEUの地理的表示制度に登録されており、アジア諸国でEUに申請中のものは、中国で3品目、インドで2