日本のワイン法制定の必要性

                        橋 梯二

近年、日本でのワインの消費量は徐々に増加してきており(一人当たりの消費量は2012年で3.1L、東京だけで見ると7.7Lになる。2012年)、ワインは日本の食生活に定着しつつあると言ってよい。これに伴い、日本のワインも良質のものが生産されるようになり、最近では日本的特徴のあるワインの生産が追求されるようになっている。また消費者も産地を反映したワインを評価するようにもなっており、日本ワインブームのような現象も見られる。さらに、わずかではあるが日本ワインがヨーロッパやアジアに輸出され始めている。

 しかし、国産のブドウから醸造される日本ワインは国内消費量の約6%にすぎず、しかも、日本ワインブームといっても最近日本ワインの生産量はほとんど増加していないと推計される。したがって、消費量の増加は、輸入果汁によるワインと輸入ワインの増加で賄われている。2012年では、輸入果汁からつくられるワインは全消費量の23%であり、輸入ワインが71%も占めている。
   
       日本におけるワインの供給量(消費量
2012年 

 ワインの量   千KL

ワインのタイプ

割合

生産者のタイプ

国内で生産されたワイン
(国産ワイン)

   99

日本産ブドウで生産されたワイ(日本ワイン)

21

上質ワイン

中級ワイン

6%

大手及び中小ワイナリー

輸入果汁によるワイン

78

通常消費ワイン

23 %

主として大手ワイナリー

輸入ワイン 

  245

通常消費ワイン

上質ワイン

71 %

大手及び中小の輸入業者

合計

   344

100.%

 

   資料 国税庁資料より推計

しかも、農業の体力が衰えていることや、原料ブドウの価格が安いことから農家のワイン用ブドウの生産は生産県により違いもあるが、総じて減少傾向にある。このようなことからワイナリーは、自社でのブドウ生産を強化しているものの、原料ブドウが十分手当てできないこともある状況である。これには農地法上の制約もある。一方、輸入果汁は、良質のものが合理的な価格で入手することが可能となっており、輸入果汁による国内産ワインがかなり多く生産されるようになっている。

      日本ワインの生産量                           千KL

 

2012

2011

2010

2007

日本ワイン

 22

 22

 23

 21

輸入果汁によるワイン

 77

 67

 65

 60

合計 (国産ワイン)

 99

 95

 88

 81

国税庁資料より推計

ブドウのワイン用等加工仕向け量の推移

                                                              単位:トン

 

2004

05

06

07

08

09

2010

2011

北海道

2,252

2,403

2,282

2,373

2,035

1,846

1,402

1,273

岩手県

1,016

 701

 789

 945

 799

 711

 853

 799

山形県

2,367

1,962

1,989

1,582

845

 807

 773 

 812

山梨県

3,481

2,788

3,826

3,158

3,568

3,729

2,810

2,860

長野県

2,690

4,204

4,350

4,481

3,943

3,471

4,245

3,880

兵庫県

 623

 641

 611

 704

 265

 295

 158

 158

島根県

 251

 460

 311

 341

 345

 356

 349

 206

全国計

15,360

15,022

15,838

14,865

13,056

12,280

11,462

10,706

12,204

11,646

13,400

12,656

11,059

10,590

10,084

9,671

  資料:農水省特殊果樹生産動態等調査                                              注: この表は、醸造用、果汁用及び缶詰用に仕向けられた量の数値である。
       ただし、最下段は醸造用に仕向けられた数値である。

 この統計は、ワイン用ブドウの生産量の半分程度しか把握していないと推計される不完全なものであるが、日本国内でのワイン用ブドウの生産が増加していないことを示唆している。

 さらに、ワインのグローバル化は急速に進展しており、中国をはじめインド、ヴェトナムなどでのワイン生産が盛んになりつつあり、国際的な競争はますます激しくなることが予想される。二国間自由貿易協定などによりワインやブドウ果汁の関税が一層引き下げられると、日本にとっては国産ブドウによるワインを造り続けていく上で難しい状況になりかねない。

  ワインについてフランスをはじめ世界では地理的表示・原産地呼称制度を導入し、自国の産地でできたブドウを使い産地を表現したワインを上質ワインと位置付け、その質の向上と生産の振興、さらには輸出の拡大に努めている。アメリカ、オーストラリアなどの新世界のワイン生産国も地理的表示制度を採用し、ワインについては地理的表示制度が上質ワインの世界的な枠組みになっている。さらに、ワインの表示についてはかなり詳細で厳格な法的基準を設け、消費者の利益の保護を図っている。

  一方、日本では、ワイン法自体が存在していないうえ、地理的表示制度も法律によるものはなく、国産ブドウによるワインを積極的に育てていく仕組みが存在しない。従って、ワインの表示において輸入果汁によるワインであるかどうかが明快にわかるような仕組みとなっておらず国産ワインといってもどの程度あるいは何が国産なのか表示では判然としない状況である。不思議なことに日本ではワインについては表示に関する法制度が存在しないのである。日本においても地理的表示制度を導入しつつ、表示制度を整備しないと、日本のワインはグローバル化に呑みこまれて、国産のブドウによる日本ワインが消滅する危険すらあろう。これに対して、日本のブドウによるワインがなくなっても輸入果汁からつくられる合理的な価格のおいしいワインが供給されればそれでよいのではないか、上質ワインは輸入ワインでまかなえばよいという意見もあろう。こうなるとワインに対する価値の置きどころと食文化の問題である。日本でワイン用ブドウの生産が消滅するという問題以上に消費者がワインの価値をどう見るかという問題に帰着する。

 さらに、日本ではワインについて地理的表示制度がほとんど存在しないことによる現実的な問題もある。世界のワインの枠組みによると地理的表示ワインでないと通常消費ワインとみなされ、輸出する場合、産地表示が認められないなど不利な取り扱いを受け、輸出障害となる。特にヨーロッパはこれに関する取り扱いが厳しく、地理的表示ワインでないと、産地表示以外にも「樽熟成」、「樽発酵」、「シュールリ」、「びん内二次発酵」、さらには「シャトー」などの表示は認められない。従って、現在、甲州ワインがヨーロッパにも輸出されているが、産地表示ができないなど表示の問題で困難に直面している。
 ただ、山梨のワインについては、2013年7月に国税庁から地理的表示の指定があったので、以上のような問題は、解消されると期待されるが、その他のワインは問題が残る。

また、自由貿易協定などで、地理的表示の取り扱いについて取り決めが行われる例が多くなっており、これに伴って互いの市場で保護すべき地理的表示ワインが登録されるようになっている。たとえば、日・EUの自由貿易交渉において、地理的表示の考え方が議論され、また、地理的表示ワインで保護されるべきワインの登録が行われると予想されるが、日本にはそのベースになるものがないということになり、日本には登録すべき上質ワインは何もないという海外の評価になりがちであるという問題もある。ただ、地理的表示山梨のワインだけは、協定に登録されると期待される。

以上のような状況にあるにもかかわらず、日本では、行政も、業界もワイン法を制定する積極的な動きは、まだ示していない。山本博氏が業界と学識経験者から成る日本ワイン法制定研究会を設立し、運動を展開しているが業界全体の反応は、まだはかばかしくない。消費者はヨーロッパなど海外の地理的表示ワインを高く評価しているものの、日本に地理的表示が必要とはあまり認識しておらず、ワインの表示の厳格さを求めてもいないようにも見える。

現在、日本では日本ワインブームともいえるほど、日本ワインが注目されるようになっており、ワイナリーを訪問する消費者も多くなっている。ここで「日本ワイン」というのは国産のブドウによるワインのことである。近年、生産者の努力により品質が向上し、日本的特徴があるワインがつくられ始めている。ワインをつくる人はその土地のブドウを使い土地(テロワール)を表現したワインつくりに情熱を傾ける。消費者も産地を語ることに楽しみをみいだすようになっている。このような方向を大切にし、支援し、確かなものとするため日本のワインの法制度を整備する必要があろう。

 なお、世界の主要ワイン生産国ではワイン法が整備されており、それらの法律にはワインとワイン産業がどうあるべきかの思想がそれぞれ込められている。たとえば、ヨーロッパでは伝統を基礎としたワインの名声を維持し高めるとともに、世界のワインをリードすること、アメリカでは生産者の自由な発想により多様なワインを供給すること、オーストラリアでは輸出の拡大に重点を置きワイン産業を国民経済の重要な産業として発展させることであろう。日本のワイン法は日本ワインの品質を高め、ワイン産業を地域の重要産業として発展させることを基本思想とするなど、法律の思想が国民の間で十分議論されなければならないであろう

トップページに戻る